暑い。ぼうっとする。視界が滲む。風邪をひいたのなんて何年ぶりだろう。うあぁ鼻水も出てきた。くそう。これも全部あいつのせいだ。同じクラスの立花仙蔵。あいつの風邪がうつったんだ。立花は入学当初から何かと私を目の敵にしていた。今でも忘れられない入学式の日の思い出。間違えて立花の席に座っていた私に向かってあのクソ立花は、「そこをどけブス」と言ったのだ。だが私は負けなかった。負ける訳にはいかなかった。ちょっとくらいキレイな顔してるからって何でも思い通りにいくわけじゃないということを教えてやろうじゃないか。敗北を味あわせてやる。そう思った私は笑顔を浮かべて立花に席を譲った。そしてあいつが座ろうとした瞬間に思い切り椅子を引いたのだ。案の定立花はコケた。無様に転がっているあいつに向かって「世の中そんなに甘くないのだよ」と言い放った私は勝ち誇って自分の席に座った。そのまま入学式は無事終わり、自分のクラスへと移動するとなんと私の隣の席は立花であった。立花はものすごい顔でにらんでくる。にらみたいのはこっちです。無視して自分の席に座ると何かが飛んできて私の頭に当たった。すかさず立花の方を見ると奴は消しゴムをちぎって私へ投げてきているのだった。小学生か。そして消しゴムを全部使ってしまったらしい立花は前の席の男子に話しかけた。

「おい文次郎」
「なんだよ」
「お前の消しゴムをちょっと貸してくれ」
「お前が忘れ物するなんて珍しいな」

何も知らない文次郎と呼ばれた男子は素直に立花に消しゴムを貸した。そして立花がその消しゴムをちぎって私に投げ始めたのを見て口をぽかんと開けて驚いていた。

「おいコラ仙蔵!何やってんだお前は!」
「見てわからないのか。消しゴムをちぎって投げているんだ」
「や、め、ろ!」

文次郎はクソ立花から消しゴムを取り返してこちらを見た。この人すごい隈だな。

「悪かったな。こいつ頭はいいんだが精神年齢が小学生で止まってるんだ」
「何だとこのばけもんじが」
「大丈夫だよ、ありがとう文次郎くん。小学生が隣に座ってると思えば平気だから」
「うるさいブス」
「ブスじゃなくてミョウジナマエです〜」
「ナマエか。変な名前」
「何だとこの野郎」
「だーっ!やめんかお前ら!俺は潮江文次郎だ。よろしくな」
「よろしくね文次郎」
「…いきなり呼び捨てかよ」
「私の隣の小学生の人が文次郎って呼んでたからうつっちゃった」
「…まあいいか。ちなみにこいつは立花仙蔵だ」
「仙蔵〜?プッ、変な名前!」
「なんだとブスナマエ!」
「ブスって言った方がブスです〜」

…まぁこんな感じで最初から立花の印象は最悪であった。まだまだ他にもあいつの最悪エピソードはたくさんあるがあまりに馬鹿らしいので割愛する。…っていうか風邪で弱ってるのに何であんな奴のことをこんなに考えているんだ私は。風邪が悪化してしまう。とりあえずもう寝よう。寝ないと治らないもんね。
眠って何時間くらい経ったのだろう。熱が上がってきたらしく少し息苦しさを感じているとふっと冷たいものがおでこに乗った。そして髪をすくように誰かが頭をなでている。気持ちいい。お母さんが帰ってきたのかな。ホッとしてまた眠りにつき、次に目覚めたときはだいぶ楽になっていた。あ、やっぱりおでこに冷えピタ貼ってある。ありがたいなあ。リビングに行こうと思いふっと横を見ると鬼のような顔をした立花が正座しているのが目に入って私はまたすぐベッドにもぐりこんだ。

「おいコラナマエ」
「高熱のあまり悪夢を見てるんだ…」
「現実を見ろナマエ」
「…やっぱり現実なのか…」

仙蔵は勝ち誇ったように腕を組んで私を見下ろしている。弱っている私に嫌がらせをしに来たのかこいつは。なんなんだ。なんのつもりなんだ。

「めずらしく学校に来ないと思ったら風邪だとは」
「あんたがこの間風邪気味の時にうつしてやるとか言って私に向かって咳だのくしゃみだのしてたからうつったんでしょうが」
「そういえばそんな事もあったな」
「腹立つわ〜。それで何しに来たの」
「看病してやろうと思ったんだ」
「やめてよそんな事されたら明日は槍が降るから」
「かわいくないなお前は。その冷えピタは誰が貼ってやったと思ってるんだ」
「お母さん」
「お前のお母さんなら町内の飲み会へ行ったぞ」
「エッ」

私のお母さんは立花がお見舞いに来たのを見て、「立花くんに任せておけば安心ね!」みたいなことを言って意気揚々と出かけていったらしい。ひどい。娘より飲み会。そしてこの精神年齢小学生の立花と二人きりにするなんて。いじめられたらどうするんだ。あれ?でももしかして冷えピタはこいつが貼ってくれたのか?立花は何やらビニール袋をがさがさとあさっている。どんな嫌がらせグッズが登場するのかと思いきや、スポーツドリンクや風邪薬などが続々と出て来た。

「…どうしたのそれ」
「買って来た」
「………ありがとう」
「今お粥をつくってくるからそのあと薬を飲め。とりあえずそれまでこれでも飲んでろ」

口調はえらそうなわりに立花は私を優しくベッドから起こし、スポーツドリンクを持たせるとキッチンに行った。そしてすぐにお粥をつくって持って来てくれた。おいしかった。私が薬を飲んでその苦さに苦しんでいるとなんと枕元で桃を切ってくれた。た、立花が輝いて見える…

「…なんかどうしたの今日のセンゾータチバナは」
「変な呼び方をするな。いつも無駄に元気なナマエが学校を休んだから心配になっただけだ」
「心配してくれたんだ?」
「一ミリくらいな」
「素直じゃないんだから〜」

その後も立花はかいがいしく看病をしてくれて、私を寝かしつけてから家に帰った。翌日すっかり元気になった私が登校すると文次郎が寄ってきた。

「おうナマエ。風邪だったんだって?」
「うん。まあすっかり治ったけどね」
「昨日の仙蔵は面白かったぞ。お前が休みだってわかったとたんにソワソワし始めて」
「嘘だ〜。あ、でも昨日看病に来てくれたんだよ」
「だろ?あいつ意外と心配性だからお前が重病だったらどうしようって言って泣きそうだったぞ」
「ホントに!?そんなに心配するなら何でいつも嫌がらせしてくるのさ!」
「だから言っただろ、精神年齢小学生だって。好きな奴にほど意地悪するってやつだよ」
「え、え、それはつまり?」
「仙蔵は入学式の時にお前に一目ぼフゥッ」

仙蔵の華麗なとび蹴りを受けて文次郎はふっとんでいった。なんだか今日は仙蔵がかっこ良く見える。不思議!
「おはよう仙蔵!」
「おはようナマエ」
「昨日はありがとね」
「こ、これからは具合が悪くなったらいつでも行ってやる」
「うん!よろしくね」

仙蔵ったらかわいいところもあるじゃないか。なんだかこれからは仙蔵と仲良くやっていける気がする。