突然ですが私は久々知兵助くんのことが好きです。中学校の入学式で一目惚れをして、それからの三年間、久々知くんの事だけを見てきました。
同じクラスになれた事はなかったけれど、三年間ずっと隣のクラスでした。それは密かな私の自慢。久々知くんの姿を見たいが為に意味もなく廊下を歩いたり、
久々知くんと同じクラスにいる私の友達に用もないのに会いに行って、できるだけ長居したりもしました。
そうして久々知くんに会えた時は手帳に久々知くんの事を書き記しておくのです。例えばこんな風に。

・今久々知くんと廊下ですれ違った。嬉しい!

・朝、登校中に久々知くんを発見。あっちの方から来たってことは、家はあの辺かも。今度探しに行ってみることにする。

・図書室でうたた寝をしている久々知くんを見かけた!寝顔もきれい!久々知くんから少し離れた席について今これを書いてる。

・久々知くんのクラスの友達の所に行った。いつの間にか友達の席と久々知くんの席がすごく近くなってた。この間席替えしたみたい。私がこの席だったら気絶するかも。
友達と話していたら久々知くんとその友達の会話が聞こえてきた。久々知くんの志望校を知ってしまった。今から必死で勉強したら私も入れるかなあ。

実際はもっと詳しく日付やその時の気持ち、周りの状況等々書いてありますが、それはお見せできません。
私の久々知くんに対する気持ちはなるべく誰にも知られたくないからです。私は久々知くんが好きだということを、誰にも話しませんでした。
誰かに話してしまうとその瞬間に、私の久々知くんへの気持ちが、私だけのものではなくなってしまうような気がしていたからです。
そして、そう、高校受験の事です。久々知くんの志望校を知ったその日から私は猛勉強を始めました。
元々成績が悪い方ではなかったのですが、絶対に確実に間違いなく久々知くんと同じ高校に入れるようにしておきたかったからです。
それまでは、久々知くんに会うのも我慢。休み時間やお弁当の時間まで勉強をしている私を見た同じクラスの鉢屋くんと竹谷くんには不気味がられてしまいましたが、
まったく気になりませんでした。
 そして合格発表の日。神様に祈るような気持ちで結果を見ると、そこには合格の二文字がありました。
嬉しくて嬉しくて、涙が出ました。これでまた久々知くんと同じ学校で三年間が過ごせるのです。

高校の入学式の日。新入生代表として答辞を読む久々知くんの横顔を見ながら、私は気を失いそうなほどの幸福感に酔いしれていました。
何故かと言いますと、とうとう私は久々知くんと同じクラスになる事ができたのです。
朝から放課後まで、ずっと近くで久々知くんを見ている事ができる幸せを思うと、私はもう泣きそうでした。
 そして運命の時はやってきます。まだ今でも現実感がありませんが、私は、クラス最初の席替えで、久々知くんの隣の席になったのです。
緊張しすぎて石像のようになっている私に向かって、そう、この私に向かって、久々知くんが、よろしく。と話しかけてきたのです。
ロボットのようなぎこちない動きで私は久々知くんの方を見て、消え入りそうな声でですが、よろしく。と返すことができました。
挙動不審な私に変な顔をすることもなく、久々知くんはにこっと笑って、俺、久々知兵助です。ミョウジさん、同じ中学だったよね?と、そう言ったのです。
あまりの出来事に驚愕した私はその場で気絶しました。

久々知くんが私に笑いかけた。久々知くんが私の名前を知っていた。そして私の名前を呼んだ。発音した。
あまりにも衝撃的な出来事が連続して起こったこの日以降、私が久々知くんの事を手帳に書くことはだんだん減っていきました。
決して久々知くんのことが好きではなくなった訳ではありません。むしろ前よりずっと好きです。
なのに何故書かないのかといえば、つまり、書くことが多すぎて書けないのです。書いている暇があるならその分久々知くんと話していたい、それだけです。