水彩世界の終極より | ナノ



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 ジュダルは悩んでいた。それはついこの間、シンドリアへ行った時に見た女の存在についてだ。
 ジュダルは元々他者を気に掛ける性格ではなかった。勿論、興味の沸いた事象についてはとことん“気に掛ける性格”であったが、ただ、一時の興味が潰える訳でなく、寧ろどんどん膨らんでゆくのだから今までにない出来事であり困惑しているに近かった。
 あの女はなぜ王宮に忍び込んでいたのだろうか。そして何処へ行ったのだろうか。
 考えても埒が明かないと判断したジュダルが空飛ぶ絨毯へ飛び乗ったのは“知りたい”と言う本能に従った結果であった。
 煌帝国からシンドリア王国までの距離があるものの、空飛ぶ絨毯で直線的に進めば多少なりとも時間は短縮出来る。しかし、シンドリア王国へ着く頃には既に日が沈み、墨色に塗りつぶされた空にぽつりぽつりと星が浮かんでいた。
 いつもの癖で王宮へと移動していた絨毯を一度止め、ジュダルは空中でも頭を抱えることになる。
 
「名前も知らねえ相手をどう捜すってんだ。バカか、俺は」
 
 行動に起こさず、じっと興味を押し潰すことが出来なかった結果、シンドリア王国へ足を運ぶことを選択したものの、いざ到着してみれば途方に暮れるしかないのだ。
 覚えている特徴は僅かなもので、一瞬の出来事であった女との出会いは鮮やかに脚色されている恐れがあるのだ。
 ただ、はっきりと断言出来るものもあり、特に忘れることが出来ないのは鈍色の瞳だった。無彩色のそれは何の感情も宿っていなければ氷のように冷たいだろう。鋭く、しかし美しさの兼ね備えられている瞳は一瞬にしてジュダルの心を掴んだのだ。
 今でも鋭い瞳を見えた(まみえた)時を思い出すだけで、ざわりと心が揺らぎ、ジュダルを困惑させるのだ。
 思考を遮るように首を振り、今の現状を打開できる策を考えることにした。
 服装から考えれば女は旅人のように軽装であった。見慣れない服装から察してもその線は濃いだろう。しかし、旅人が王宮に忍び込む姿は考えられないので、はやり出会った当初に疑った“盗賊”の説が有力な気がした。
 ジュダルにはこの国で気軽に尋ねることの出来る知り合いが居なかった。否、顔見知りであり友人とは程遠い関係の男であれば心当たりはあるが、相手は何分(なにぶん)“国王”だ。軽々しく人を尋ねでもすれば家臣たちが刀を向けるのも道理だと言えた。そして、ジュダル自身、煌帝国に身を置いている為、表立って行動するのは避けたかった。
 しかしこのままでは現状を打開する術が思いつかないのも事実であり、ジュダルは髪を乱雑に掻き毟った後、王宮を目指すことにしたのだ。
 勿論目的は鈍色の瞳を持つ女だ。別れた場所で再開を果たすとは考えにくかったが、現段階でジュダルが考えた苦肉の策と言えるだろう。
 
「確か、あの女は最上階から出てきたんだったな」
 
 盗賊の割に、出てきた時も軽装であった。しかし手慣れたやり口を見ると見えない所に“何か”を隠していても不思議ではない気がした。
 己の推測を疑わず、ジュダルは絨毯に座ったまま王宮の最上階を見上げた。確かあの夜は窓が開いており中のカーテンが顔を覗かせて――。
 
「!」
 
 ジュダルの思考が纏まったのはそこまでだった。あの夜同様、窓が開いているのを目撃したのだ。駆け出すように絨毯を移動すれば確認した通りに窓が開いており、中のカーテンが優しい風に靡く様子が見られたのだ。
 しかしどれだけ目を凝らしてもテラスから縄が垂れている様子はなかった。盗賊が同じ敷居を跨ぐとは考えにくかったので当たり前と言えばそれまでであったが、少し残念に思う気持ちがあったのは隠しきれなかった。
 しかし、とふと思う。しかし、随分と不用心な王宮だ。本来であれば盗賊が入り込んだ窓を再び開けておくなんて気がどうかしているとしか考えられなかった。そしてそれが発展途上と言えど国の王宮であれば尚更であるのだ。
 一瞬だけ誘い込むための作戦かと考えもしたが、危険を冒してまですることではない。ジュダルは引き寄せられる様にして絨毯を移動させた。此処まで不用心であれば逆に忠告しようとすら考えてしまうのだ。
 最上階の高さはそれなりであった。此処から盗賊は縄一本で降りようと考えたのかと思えば想像を絶する。非魔導士(ゴイ)の考えることは分からないなと考えている時、カーテンの隙間から人影が見えたのだ。
 咄嗟に息を潜めて王宮の壁に背を寄せた。可能性が低いと考えていた誘い込むための伏兵かと考えながら身体を僅かにずらして室内を見ようと目を凝らした。
 そこは随分と簡素な部屋であった。勿論、王宮であることもあり寝台は大きく椅子や机は立派そのものであったが、部屋にあるのが寝台とクローゼット、机、そして椅子のみであるのだ。国柄として鮮やかな色を連想させるシンドリア国のものとは違うそれにジュダルは瞬いた。他の部屋を見たことがなかったが、一般貴族の家の方が煌びやかな気がしてならなかった。
 人影はカーテンの隙間からかろうじて見える程度のものであったが、机に向かって座り、何かを書き留めているようであった。此方に気付いた様子はなく小さく息を吐き出した。
 簡素な造りから倉庫の類かと考えることも出来たが、食客の部屋と推測するのが正しいだろう。何故だか期待を裏切られたような気がして少し不服に思うものの、人が居るのなら長居する必要もないだろう。自然と寄っていた眉根の皺を揉みながらジュダルは視線を外そうとした。
 その時だった。
 
「こんばんは」
「!」
「夜分遅くにどうかされたか? 青年」
 
 ジュダルは反射的に視線を元に戻した。そこには先程の人影が振り返り、ジュダルを見ていたのだ。
 驚いたのは存在を言い当てられたことも含まれていたが、浮かべられている口元の笑みも、細められた鈍色の瞳も身に覚えがあったからだ。
 
 
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