水彩世界の終極より | ナノ



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 ジュダルがシンドリアへ着いたのは太陽が傾き始めてからであった。
 昼の限られた時間であったが、エイダは森の奥にある湖の所に居るのだとあらかじめ聞いていたため、ジュダルは迷わず足を進めた。
 鬱蒼と生い茂る森であるのに、太陽の日差しが眩しいためか木々は青青と茂り緑豊かだ。野鳥の声が木々の合間を縫う様に響く中、目的である湖にたどり着いた。辺りを見渡せば自然の色に不釣り合いな白が木陰にぼんやりと浮かんでいるのが見える。
 
「!」
「よ、よお」
「ジュダルか」
 
 近づく気配で察したらしい。エイダは素早く後ろを振り返りジュダルを見た。その動作が流れるように自然で無駄がなく、武官だと言う言葉に嘘がないのだと再確認させられた。
 エイダは白を基調とした柔らかい素材の服を纏っていた。露出が多い訳ではないのに秘めやかと、しかし漂う色香のある風情にジュダルは瞬いた。服装や化粧で変わり映えする女は宮内にごまんと存在していたが、ジュダル自身が打撃を受けたのはこれが初めてだった。
 日の光を浴びた艶のある髪が微かに舞い透明に近い白い肌が浮かび上がる。落ち着いた夜しか出会ったことがなかったこともあり、真昼の空の下での再会は思っていたよりも衝撃を孕む。
 
「思っていたより早く来てくれたんだな。あの日からまだ2日と経っていないぞ」
「っ、あんま待たせんのも悪いだろ」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれるな」
 
 立ち上がったエイダはジュダルを導くように森の中へ入っていく。森を突き抜けるとすぐに市街地へ着くことを後から伝えられることになる。
 
「王宮内に居なくて大丈夫なのか? あー、その、追っ手とか」
 
 少しの無言ですら勿体ないような気がして、自分より少しだけ低い背丈を追いながらジュダルは絞り出すように話しかけた。
 
「追っ手? ああ、大丈夫。出かけることは伝えているさ」
 
 少し大股に歩き、隣に並ぶ。横顔を盗み見ればきらきら光る瞳と絡む。悪戯っぽく微笑む姿を見れば出会った夜の日を思い出す。恐らくきっと、直接伝えた訳ではないのだろう。でなければあの日も王宮の壁を蹴って下る必要がなかったのだから。
 
「それよりも、今日は日差しが強い。市街地に入れば仕立て屋があるからそこで召し物を揃えよう」
 
 エイダの言う通り、森を抜けてすぐに市街地があった。煌帝国とはまた違った家屋の立ち並び方に目を奪われていると先陣を切って歩くエイダを見逃しそうになる。顔を人目に曝すのを危惧してか、エイダはフードを目深く被り颯爽と人ごみをかき分けて行くのだ。こうして街並みを見れば煌帝国と変わらない活気があるように思えた。ただ此処では紙幣の代わりに金貨が用いられており、人々が膨らんだ麻袋を持って歩くことが若干の違和感として残る。
 エイダの言っていた仕立て屋は市街地に入ってすぐの所にあった。中に入り適当に見繕った後に金貨を払う。昼のシンドリアを見るということで何かしら買うかもしれないと目算を立てて金貨を持ってきていたのが功を奏したようだった。ただ、価値が分からず持てる分だけ持ってきていた為か、店主はかなり驚いてジュダルの顔と金貨を見比べていた。
 
「その恰好も中々様になるな。しかし、あの値段に金貨の量が多すぎると思うよ」
 
 苦笑いを零したエイダに笑われたと感じたジュダルは口端を下げて視線を逸らす。
 
「……普段は持たねえからな」
「そうなのか。ならば仕方ないな」
 
 深く追求されることを恐れて一瞬返事に遅れたものの、エイダはそれを汲み取ったのか何も言わなかった。エイダの淡泊な返事にジュダルは少しだけ戸惑いを隠せないでいた。一層のこと追求してくれれば色々と明かすことが出来たかもしれないのだ。……しかし、以前自分が一方的に縛りつけたルールに捉えられてしまえば、何も聞かれないままが良いのかもしれない。
 ジュダルが考え込んでいる間にも店を出たエイダは突き進んで行ってしまう。慌てて追いかけたジュダルは見失わないようにと揺れる手を反射的に掴む。
 
「! すまない。今日は人が多いからな」
「ああ」
 
 掴んだ手から体温が移動する感覚を覚える。じんわりと広がる体温が混ざり合うようで言葉に詰まる。そして、何故だかこの手を離したくないと思ってしまうのだ。
 エイダが他者と足並みを揃えないのはなんとなく察することが出来た。けれど、それとは違った何かを今の一瞬で気付いてしまったように思う。

「今日は謝肉宴だー!」
「「!」」
 
 突然聞こえた民衆の雄叫びに二人は同時に肩を揺らすことになる。ジュダルは辺りを見渡せば沸き立つ感情を抑えきれないように騒がしい民衆の姿があった。
 何事かと思えば民衆はこぞって海岸へ足を運ぶのだ。つられるように足を進めようとするジュダルを引き止めたのはエイダだった。
 
「海岸へ南海生物がやって来ているのだろう。こっちへ来てくれないか」
 
 エイダは民衆と逆方向へ歩き始める。手を掴んだままなので引っ張られるようにジュダルはその後を追った。歩きながら民衆の言った“謝肉宴”というものの概要を聞くことになる。国王であるシンドバッドが直属の部下である八人将を引き連れて南海生物を倒すのだと聞いた時は海岸へ行かなくて良かったと思うのだ。八人将の中に魔導士が居れば服装が違った今でもルフだけでジュダルの存在が知られてしまう。なんとも避けたい事実であった。
 しかしエイダは海岸へ遠ざかった訳ではなかったのだ。
 
 
 
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