水彩世界の終極より | ナノ



優しい音色をもう一度

 
「姉上が消えた!」
 
 シンドリア王国の朝を揺るがした一声は王宮全体に響き渡る程の怒声であった。
 声を発したのは息を切らした国王、シンドバッドであり、白羊塔の扉を開けた途端に発せられた言葉の意味を一瞬、誰も理解することが出来なかっただろう。
早朝から執務にあたっていたジャーファルは我が王の驚きぶりを見て逆に冷静さを覚えたのであった。
 ――此処ははシンドリア王国。 南海の島国で“未開”と呼ばれる極南地帯にある国だ。嘗て(かつて)は、人を寄せつけない絶海の孤島であったその土地を現王・シンドバッド自らが開拓し、国を興したことによりシンドリア王国の歴史は始まった。王であるシンドバッドは生ける伝説として有名であり、迷宮に夢を描く若者の間では知らない者は居ない程であったのだ。
 地形や気候、動植物と共に人々は暮らし、国は外交から貿易、観光を主に栄えいた。様々な種族の住まう多民族国家と謳われるこの国の良さに気付き、住まう人口は年々増えつつあるのだ。
 そんな一国の王として知られるシンドバッドの部下にあたるジャーファルは眉間の皺を解しながら小さくため息を吐き出した。他の文官たちには仕事を再開するように命じ、自らは席を立ち王の傍へ寄るのだ。
 
「ジャーファル!」
「聞こえていますよ、王。朝からそんなに騒ぎ立てないでください」
「! 騒ぎ立てるって、」
「ああ、すみません。心配しないで大丈夫ですという意味です」
 
 連日の宴で文官たちの中には二日酔いをしている者も居る。興奮している王を宥めるためにもジャーファルは言葉を選んだ。
 
「エイダ様が外へ出られるのはいつものこと。何をそんなに騒ぐ必要があるのですか」
「そうだ! 姉上がふらりと外へ出るのはいつものことだ。ただ……今回の宴の主役は姉上であったので、その、」
「……もしかして、宴の時に逃げないように軟禁していた、なんて言わないですよね」
 
 黙り込んでしまったシンドバッドを見て図星だと捉えたジャーファルは隠すことなくため息を吐き出した。
 シンドリア国で此処数日、盛大な宴が行われていた。それは数年間シンドリア国へ帰還することのなかった“部隊”が無事に帰還したことを祝ってのものであった。
 “シンドリア国・特別国防部隊”、通称“特殊部隊”はシンドリア王国で最強と謳われている八人将とはまた異なった役割の部隊であったのだ。
 国王シンドバッドの姉、エイダが総指揮官となり率いるそれは国の自衛でなく、長期間国外へ出ては様々国との接触を図ってきた。とある一族の紛争、内乱に始まり各国に散らばる“戦争”の根絶を目的としている。勿論それは正義を振りかざす訳ではなく、シンドリア王国の外交がスムーズに運ぶために行われており、現に内乱が解決したことでシンドリア王国と外交関係を築く国、種族があったのだ。
 今回も難攻不落と言われる国との同盟を土産に帰還したばかりであり、成功と無事に帰還したことを兼ねての宴が行われていたばかりであるのだ。
 シンドバッドの姉であるエイダは軍事に於いては圧倒的な実力を有していた。身体能力はさることながら、魔法のセンスも群を抜いておりこの国でシンドバッドに次英雄視する者も多い。ジャーファルもその一群に属していたが、長年シンドバッドに仕えていれば普段見ることの出来ない一面も垣間見ることが出来た。
 
「エイダ様は仮にもシンの血縁者。あの御方を軟禁することがどのような意味か分からないとは言わせませんよ」
「し、しかし」
「元より宴などの賑やかな場所は好まないではありませんか。ふらりと静かな所へ行かれたのでしょう」
 
 ジャーファルの言葉を聞いても尚、落ち着きを見せないシンドバッドを見て苦笑いを浮かべてしまう。
 確かに姉であるエイダは女と言えど腕が立つ。それに頭も切れるので早々のことで身の危険が迫るとは思えなかった。しかし、厄介事に巻き込まれやすく、時折不用心な様子も見られることをジャーファル自身理解していたので、シンドバッドが慌てる理由も分からなくはなかったのだ。
 
「仕方ありませんね。八人将を徴集させて行方を捜しましょうか」
「誰をだ?」
 
 ジャーファルの言葉に間髪入れずに告げられたそれにジャーファルも、それにシンドバッドも驚いた。シンドバッドのすぐ後ろのは藍色の服を纏ったエイダが居たのだ。いつも目深く被っている帽子はなく、隠れることのない灰色の瞳が悪戯っぽく揺れている。
 
「誰を捜すのだ、ジャーファル」
「姉上!」
 
 ジャーファルが声を上げるより早く、シンドバッドはエイダを抱き締めた。大柄なシンドバッドの抱擁でエイダの姿はあまり見ることが出来なかったものの、明らかな外傷がないことに小さく安堵の息を吐き出す。
 
「心配した」
「……シンドバッド、お前が焦るのを久しぶりに見てみたくてな」
「お変わりがなさそうで安心しました。エイダ様」
「ああ。お前は随分と成長したように見受けるぞ」
 
 シンドバッドから離れたエイダはジャーファルを見て少しだけ唇を緩める。しかしそれは一瞬のことで、再び抱擁しようとするシンドバッドの腹を拳で突き、背後に控えている部下に声を掛けた。
 
「しかし、シンドバッドよ。時として貴様は私を軟禁してくれたな。心優しい青年が助けてくれたから良かったものの、このエイダがもう一度お前に分からせてくれようか」
「! 心優しい青年、とは」
 
 シンドバッドの声を笑って躱し、部下から受け取った帽子を被るエイダは太腿のホルダーから銀色に輝くリボルバーを取り出した。
 優しい青年という言葉が気にかかるものの、笑う口元と先ほどの発言の意味を知り顔を青くするシンドバッドを見て、姉弟の掛け合いにジャーファルは笑うのだった。
 
優しい音色をもう一度
20141227
 
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