水彩世界の終極より | ナノ



目蓋の裏で君は笑う

 
 昼のシンドリアを見てみないか。
 そうエイダに誘われたのは彼女のことを知りたいと強く願ったあの日。別れ際に告げられたのだ。
 聞き間違えでないだろうかと瞬きを繰り返すジュダルを見て居心地が悪そうに、そして恥ずかしそうに視線を逸らしながらエイダはもう一度同じ内容を紡いだ。
 今まで会い、会話を交わしているのは夜のほんの一部だ。お互いがお互いに相手の立場などを知らないこともあって、出会えるのは夜中でエイダの部屋でだけだと限定されていると思っていただけに、ジュダルにとってこの誘いは嬉しい内容であった。
 二つ返事で頷いた姿を見て満足そうに微笑んだエイダを思い浮かべ、次には小さなため息を吐き出す。すぐ後ろをついて回る存在に今までも散々であったが、ほとほと嫌気が差すのは今まで以上だ。
 
「ったく、いつまでついて来るんだよ。お前」
「最近神官殿がシンドリアへお熱とお聞きしまして、次は是非私めもご同行をと」
「けっ」
 
 ジュダルの所属する組織はアル・サーメンと名乗っている。世界では“悪”と云われ敵視されている組織であったが、黒ルフを生み出すこの組織は堕天しているジュダルにとって心地よい居場所であった。――ただ、行動まで逐一監視されているのは気に食わない。さしずめシンドリアは足を運ぶ理由として、第一特異点であるシンドバッドとジュダルが接触していると思っているようだが、全くの見当違いだ。ジュダルはエイダと出会っている最中、シンドバッドと一度も顔を合わせていなかったのだ。
 
「つーか、バカ殿と会うとしてもお前がついて行く意味が分かんねー」

 シンドバッドの名を借りて本来の目的を伏せた。後ろをついて回る組織の一員にエイダの名を出してしまえば最後、徹底的に調べ上げられるだろう。
 ジュダル自身、エイダと会い、会話を重ねることで得る感情が堕天している身にとって不要な感情であることは本能的に感じ取っていた。そんな相手を組織に知られてしまえばジュダルの知らない間にエイダに組織の手が伸びる可能性も十分にありえるのだ。それは避けたい内容であり、最も警戒すべき事柄だろう。
 斜め後ろを探るような視線で見る。男の表情からはなにも読み取ることが出来なかった。
 
「確かに第一特異点は警戒すべき相手。しかし、その実姉に興味があるのですよ」
 
 そう言えばと少し前を思い出す。そういえば夏黄文もシンドバッドに姉が居ると話していたような気がする。
 
「なんだよ。お前も俺のことをバカにする訳? 女に俺が負ける訳ねーじゃん」
「いやいや、滅相もございません。ただ、」
「あ?」
「まだ調査中で実力が如何ほどかと」
 
 夏黄文と組織が知る女の存在は確かにジュダルも興味を引いた。しかし、シンドバッド程の男を超える存在が何人もこの世の存在しているのは可笑しな話だ。
 組織の慎重さがジュダルには時折煩わしく感じられる。そんなにも知りたければ直接殴り込みにいけばいいのに、どうしてこうも回りくどいやり方しか選ばないのだろうか。
 ジュダルは内心かぶりを振って、本来の目的を思い出す。エイダとの約束に日時の指定はなかった。“次”と曖昧ではあるものの確実なそれを早く実現させたいこともあり、後ろをついて回る組織の存在をどう回避するべきかを考えることにした。
 長い廊下の曲がり角に向かって歩きなら思案していれば、ふと妙案に行き当たる。
 
「あ、紅炎」
「!」
 
 曲がり角を曲がってすぐ、煌帝国第一皇子の名を唐突に出したことで男は狼狽えたらしかった。その一瞬を逃さないようにジュダルは駆け出した。そして窓を開けて絨毯に飛び乗るのだ。
 その名が出まかせであると男が気付いた時にはジュダルは遥か彼方の上空に居た。騙すように逃げ出してしまったことで変に勘潜られることは目に見えていたが、立場を考えればシンドリアへ何度も訪れることが難しいことは既に承知済みだ。
 流れる風に髪が遊ばれるのを感じながらジュダルは空を見上げた。
 少し遅れそうだが、エイダの言う“昼のシンドリア”というものが見れるだろうか。
 
目蓋の裏で君は笑う
20150305
 
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