あなたのためのわたくしなのです 





※捏造、若干史実。APHとうちのトコでは(四国四兄弟)のクロスオーバー作品。首都と祖国様の出会い。





 彼と出会ったのは私がまだ江戸と呼ばれていた頃の話だ。城内にある庭で一人鞠をついて遊んでいると突然上司に呼び出された。何だろうと怪訝に思いつつ訳のわからぬままに一応ついていく。
 城内の長い廊下を足早に歩いて行く上司に一生懸命ついていきながら私は尋ねた。
「な、なんですか? また稽古ですか? わっ、私、もう走り込みは嫌ですよ!」
「いや、そうではない。今日はおまえに会わせなければならない方がいる」
「私に会わせなければならない方…?」
 私は首を傾げた。見上げた上司の顔は京都さんに会う時並みに強張っている。その様子からするとこれから会う人物は京都さんかそれ以上に怖い人物なのだろう。私は不安になった。京都さんは威圧感がすさまじく、その場に居合わせるだけでただでさえ小さな私の背が更に縮むのではないかというくらい怖かった。だから正直逃げ出したかったが、今更逃げても引きずられるだけ。私は大人しくついていくしかなかった。
 とある部屋の前で上司の足が止まった。その部屋の前に屈み、部屋に入っていいかどうかのと申し伺いをたてる。するとほどなくどうぞという声が聞こえてきた。上司が障子を開ける。
「お待ちしていました」
 聞こえてきたのは柔らかな声。怖くて俯いていた私は顔を上げる。中にいたのは京都ではなく黒髪の青年だった。前髪を切り揃えた稚児頭の様な髪型に、黒目がちな瞳。座っているのでわかりにくくはあるが背もそう高くはないはずだ。
 そして今まで感じたことのない不思議な雰囲気を感じた。気とでも言えばいいのだろうか。神にでも会っているような心境。かといって京都さんの様な威圧感はまるで感じず、むしろ包み込むような…。
「こちらが江戸でございます。…ほら、挨拶しろ」
「えっ、江戸です」
 その雰囲気に圧倒されていた私を、上司が軽く小突いた。慌てて我に返り、手をついて頭を下げる。怒らせてしまっただろうか。
 ちらりと青年を盗み見ると、彼は柔らかな微笑を浮かべていた。彼がこちらに向き直る。
「はじめまして、江戸さん。私は日本です。あなたの、国です」
 その言葉に思わず顔を上げる。日本と名乗った彼は、私を見て優しく微笑んだ。その笑顔で彼に対する恐怖は一瞬で消し飛んだ。



 その初対面以来、私は彼の元に度々訪れる様になった。というのも、その頃の私にとっては日本さんしかいなかったのだ。人や藩の思惑が錯綜し、私に向けられる感情は嫉妬や敵意ばかり。周りは敵だらけで、上司には稽古でいびり倒される日々。唯一私を妬まずに傍においてくれる存在が日本さんだった。
 その日は朝から晴天で、春の陽気が心地よい日和だった。珍しくも稽古がなかった私は、日本さんと一緒に縁側で桜を見ながらお茶をしていた。庭にある桜は満開で、花を美しく咲かせている。
「…私でよかったんでしょうか」
 私はぽつりと呟いた。日本さんがこちらを見る。
「首都のことですか?」
「ええ。…きくところによると、徳川さんは渋々私のような田舎者の土地にやってきたというではありませんか。本当は私以外のもっといい人のところへ行きたかったはずです」
 私は俯いて湯飲みの中の茶を見つめた。日本さんが淹れてくれたお茶には、私の泣きそうな顔が映っている。
「江戸」
 日本さんが私の名前を呼んだ。顔を上げる。
「もし徳川さんが不本意な形であなたの下へ来たのだとしても、彼があなたのために苦心していることは事実です。稽古は厳しいでしょうが、それはあなたがこの国の主となるために必要なことなのです。彼は他の誰でもなくあなたを選んだ。ではあなたはその期待に応えなければならない」
「…私にできるでしょうか」
「できますとも。私がついています」
 微笑を浮かべた日本さんと視線がかち合う。最初に会った時と同じ優しげな笑みだ。
「あなただからできたと、徳川さんに言わしめてみせなさい。あなたが、この世の浄土となるのです」
「…はい」
 私は頷いた。先ほどまでの弱気はどこかへ行き、やるしかないと思った。そう思わせるだけの力が彼の言葉にはあった。
「さあ、茶菓子をお上がり。あなたのために用意したんですよ」
 日本さんが私に皿の上の茶菓子を勧めてくる。私は喜んでそれにかぶりついた。



[目次]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -