流星オフィーリア 






今日は12月24日。クリスマスイブ。
僕は沸き上がる記憶に溺れながら、ベッドでぼんやりとしていた。思い出すのは、愛した人との蜜月。
「──…」
涙を流したくても、眼球が潤うことはない。この感情を洗い流すための水分を、僕の身体は持ち合わせていない様だった。
テーブルの上で、マナーモードの携帯電話が震える。そんなはずはないとは思いながらも、どうしてもあの人のことを期待してしまう。
ディスプレイに浮かんだのは、やはり別人の名前。それでも、それが幼馴染みだったことに、幾らか救いを感じた。
「もしもし」
電話に出ると、幼馴染みは明るい声でメリークリスマスと言った。僕も微笑んでみて、そう言い返す。彼は電話口で小さく笑って、そして唐突にこう言った。
『なあ、今日、暇か?』
「え…ああ、うん…」
『じゃあ、星、見に行かねぇか?』
───それは、最高のプレゼント。
僕が、あの人を忘れるための───忘れられないクリスマス。





流星オフィーリア





「クリスマスイブだってのに、何でこんなこと…」
そう呟いたレイヴンさんに僕は苦笑する。彼はそう言いつつもワゴン車のトランクから、望遠鏡等を降ろしていく。
「あんたがイブに予定入れてなかったから。こん中で車を運転できる人間、あんたしかいねぇし」
「…予定あっても、無理矢理キャンセルさせるクセに」
その言葉に、ユーリは聞こえないふりをした。レイヴンさんは不貞腐れながら、望遠鏡を組み立てる。隣でカロルとパティがはしゃいでいる。
「それにしても、クリスマスに予定ないなんて、あんたらも湿気てるわよね」
リタが呆れた様に言った。それにユーリが言い返す。
「リタも同じ穴の狢だろ」
「あ、あたしは、エステルと二人で過ごすつもりだったの!!」
「そうなのか?」
ユーリの問いに、エステリーゼさんは笑顔で頷いた。その手はちゃんとリタと繋がれていた。
「でも、二人より皆で過ごす方が楽しそうですから」
「ふふ、確かにそうよね。私もそう思ったから、他の人の誘いを断って来たの」
「そりゃまた物好きだな」
「だって、クリスマスに天体観測なんて、ロマンチックじゃない」
そう言って微笑むジュディス。ユーリは、レイヴンさん達の方を指差しながら、彼女に問う。
「ロマンチックも何も、そんな雰囲気ねぇぞ?」
ユーリが指差す先には、望遠鏡の部品をパスして遊ぶパティとカロルと、その二人にレイヴンさんが狼狽えているという、よく言えば微笑ましい図。リタがバカっぽいと呟いた。
「別にそんなつもりもなかったけど………ムードぶち壊しだな」
「あら、これはこれでいいわよ?面白いじゃない」
そう言うジュディスに、ユーリは手を振って降参した。リタが僕の方を見る。
「あんたは?予定、なかったの?」
「え………僕?」
「そうよ。あんた、無駄にモテるんだから、てっきり予定があると思ってたけど」
リタの遠慮のない言葉に、空気が変わる。───特に、ユーリが目を眇めた。
僕は苦笑した。
「そういうのは、今年はないよ。アルバイトも休みになってしまったから」
「…そう」
空気が変わったことを感じ、リタもそれ以上は追及しなかった。気まずい空気をなんとかしようと、話をユーリに振る。
「あんたは?そもそも、今日の天体観測はあんたの提案だけど」
「ん?ああ。これ、わりと前から考えてたからな。予定なんか、入れる訳ねぇだろ」
「わりと前って、具体的にいつよ?」
「んー…半年前には、思い付いてたけど」
「…半年前っ!?」
リタが叫び、エステリーゼさんが目を丸くし、ジュディスがきょとんとする。ユーリは事も無げに頷く。
「おう。下調べとか準備を始めたのは、一ヶ月前からだけど」
「………あ、あんたね…。そんな前から考えてたんなら、もっと早く言いなさいよ!!」
「当日言った方が、お楽しみがあっていいだろ?」
「こっちには予定ってもんが───」
ユーリとリタの口論(リタが一方的に責めているだけだが)が始まりかけた時、レイヴンさんがこちらに手を振った。
「望遠鏡、組み立てたわよ〜。あとどうすりゃいいの?」
「おっ」「ぐ」
リタは不満そうにユーリを睨むが、エステリーゼさんが急かすので、仕方なく口を閉じた。ユーリがこっそり笑うのは、リタには見えなかった。
「…行かないのか?」
「おまえこそ」
ユーリは僕の隣に座った。人工芝の生えた斜面で、星を仰ぐ。空には、無数の星屑が敷き詰められている。
「綺麗だね。空気空気が澄んでて、よく見える」
「だろ?ここ、穴場なんだよ。入念に調べ上げたからな」
「…」
僕はきょとんとしてユーリを見た。ユーリはニッと笑ってみせた。
「言ったろ、下調べとか準備を始めたのは、一ヶ月前からって。その辺、抜かりないからな」
「ユーリがそこまでするなんて、珍しいね」
「…見せたい奴がいたからな」
ユーリは目を眇めてそう言った。僕は、少し気まずくなり、誤魔化すために空を指差す。
「あれ、何かわかる?」
「…ベガ?」
ユーリが適当に答えた。僕は苦笑した。
「それは夏だよ。下調べはしたのに、星座は勉強してないんだな」
「そのためにも、エステルやリタを連れてきたんだよ。オレはセッティングだけ」
「もう。中学や高校で、習っただろ───って、君、寝てたっけ」
「ぐっすり快眠してました」
そんなユーリに笑って、僕はもう一度空を仰いだ。
去来するのは、やはり忘れたくても忘れられない、あの人のこと。
「『アレクセイと見たかった』」
「え?」
「…違うか?」
ユーリが鋭い眼差しでそう言った。僕は俯く。
「…あの人は、ユーリと違って、天体観測なんか連れて行ってはくれなかったよ」
「………」
一年前のクリスマスイブ。僕はふられた。
元々、そこに愛があるかどうかすらわからない様な関係だった。別れた今でも、僕はあの人のことを少しも知ってはいないし、少しも理解できない。呼び出されたら、道具の様に抱かれた。それが苦痛でもあり、重石でもあり───支えでもあった。
「…僕があの人のことを考えてるなんて、よくわかったね」
「そりゃ、な。…惚れた奴のことくらい、わかるよ」
ユーリは空を仰ぎながら、そう言った。
ユーリは、やはりあの人とは違う。僕が望む言葉をかけてくれる。一緒に、同じ場所に立ってくれる。
───委ねてもいいのだろうか。彼の優しさに甘えても───いいのだろうか。
「…寒いね」
僕はマフラーに顔を埋めながら、そう言った。吐き出す息が白かった。すると、ユーリがポケットから何かを取り出して、僕の頬に当てた。
「ほれ。おまえは、微糖だよな?」
「…本当、用意がいいね」
缶コーヒーを受け取る。ユーリはカフェオレだ。缶コーヒーを開けながら、僕は言う。
「…優しくしないでくれ」
「───何のことだ」
ユーリは、そっぽを向いていた。飲み慣れたはずの缶コーヒーは、何故かいつもより苦かった。
(…狡いじゃないか。こんな風に優しくされて───まだあの人のことも忘れられないでいるのに、その愛情を享受するなんて)
そう思いながら、缶コーヒーを抱えていた時だ。少し離れたところから、カロルの歓声が聞こえた。
「見て!!流れ星!!」
顔を上げた。すると───確かに、流星が空を滑っていく。
「…ユーリ、君───」
僕はユーリを見た。すると、彼は得意気に笑った。
「───言ったろ、『見せたい奴がいた』って」
「………」
僕は何も言えず、俯いた。不意に、眼球が熱くなった。堪えきれず、雫が垂れる。
「…忘れろとは言わない。オレを好きになれとも。───ただ」
ユーリが、僕の手を握った。缶コーヒーのせいか、彼の手はいつもより温かかった。
「一人で、泣くな」
強く手を握られる。遠くでまた声がした。今宵は無数の流星が観測できるだろう。
「…もう少し、待って。もう少しで───泣き止むから。…忘れられるから」
「…ああ」
ユーリは優しく頷いた。
空の流星群に比例する様に、僕の涙も止まらなかった。色んな記憶と感情が溢れて、止まらない。ただ、もう溺れることはないだろう。だって、僕は一人じゃないから。
「『流星群は、明け方五時まで観測できるでしょう』」
ユーリが棒読みで言った。現在の時刻は午前二時。
「…まだ時間はたくさんある。だから───泣きたいだけ泣けばいい」
嗚呼、やはりユーリはあの人とは違う。あの人はこんなにも優しくなかった。
「…ごめん、ユーリ」
「…いいよ」
「………泣き止んだら、伝えたいことがあるんだ。…それまで───」
続く言葉は、声にならなかった。言いかけた唇が塞がれる。…もう言語は必要なかった。
頭上には、流星が音もなく流れていた。





▼ということで、クリスマス記念企画文でした。こんな駄文でよろしければ、どうぞお持ち帰りください。12月いっぱいは、フリー配布する予定です。
起こりえないとは思いますが、自作発言はどうぞご遠慮ください。尚、サイトに掲載なさる場合は、当サイト名と、管理人・柳の名前を明記してくださると幸いです。
フリー配布は終了しました。ありがとうございました。







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