償いの朝焼け3 





「…ん、…」
ユーリは、うっすらと目を開けた。脳はぼんやりとしていたが、感情が覚醒を促す。
(───そうだ、フレンは………。)
愛しい幼馴染みの姿を求めて、ユーリは起き上がった。覚醒し切らない頭を掻きながら、ドアに向かった。
「………」
ドアの側に立っていたはずの年若い騎士は、膝を崩して眠りこけていた。
「これだから騎士様は」
小さく呟き、騎士を起こさない様にドアを閉めた。顔でも洗おうと、なるべく音を立てない様に階段を降りた。すると───。
「!! ユーリ…」
「…、フレン…」
ちょうど酒場の入り口に立つ、フレンがいた。
「…お疲れさん。大丈夫か?」
「………」
歩み寄るユーリに対し、フレンは背を向けた。その格好は、あの騎士がやってくる前と同じ軽装。だが、それが真新しいものだということは、長年のユーリの観察眼と勘でわかった。
「………今日は、自室で休むよ。夜が明ける前には戻る。部下には引き上げさせるから。窮屈な思いをさせてすまなかった」
「別にそれはいいぜ。あの騎士、どうせ寝てたし。見事な職務怠慢っぷりだな」
ユーリの軽口に対して、フレンは何も言わなかった。ただ背を向けたまま、手を振った。
「…それじゃ───」
「───待てよ」
行こうとしたフレンの上げた手を、しかしユーリは掴んだ。
その瞬間、
「触るなっ!!!」
フレンは反射的にユーリの手を弾いた。ユーリの瞳が見開かれ、それを見てフレンも我に返った。
「あ、これは、その……………すまない」
フレンは手を押さえながら、小さく謝った。その手は、籠手を外した素手だった。───ユーリのよく知る、フレンの温かい手。
「………話せよ」
「え?」
今しがた弾かれたばかりの手を、ユーリは再び手を伸ばし、握り直した。その手からは、既に昔の様な柔らかさは消えているというのに、繊細なものを扱う様に、優しく。
「…聞いてやるから、話せよ。───何があった?」
「………」
フレンは俯いた。ユーリは、歩を詰めて、二人の間にある空間を排する様に、己の片割れを抱き締めた。じんわりと服を通して伝わってくる命の温度に、フレンは思わず泣きそうになった。
「…聞いてくれ、ユーリ。僕は───」
フレンは、ユーリの腕の中で告げた。…僅かに香る、鼻をつく様な罪の匂いの理由を。
「───人を、殺してきたんだ」



***



騎士達を城に戻らせ、フレンはユーリの部屋にいた。ベッドに腰掛け、召集の真意を語る。
「…城で、クーデターが起こったんだ。主犯は、親衛隊の残党である騎士13人。───アレクセイの遺志を継いで、皇帝や評議会に左右されない、独裁的な軍事政権を樹立しようとしたらしい」
「………馬鹿なことを」
ユーリは呻く様に呟いた。それにフレンは目を伏せた。
「アレクセイの一件で、帝国は弱体化している。僕自身も、まだ騎士団長代理の身で、騎士団を長く不在にしていたことも、騎士達の不安を煽ったのだろう…」
「じゃあ、おまえは、民間の新興ギルドに世界の命運を預けて、ずっと騎士団のお守をしてなきゃならないのか?…ガキじゃあるまいし。てめぇのすべきことくらい、てめぇで考えろ」
吐き捨てる様にユーリはそう言った。フレンはその言葉に沈黙を返事とし───やがて話を続けた。
「…幸い、ヨーデル殿下や、評議会の議員達に被害は無かった。しかし───」
───そこから先は、言葉にならなかった。おそらく、自分が起こした惨劇を思い出したのだろう。自分の指先を見つめるフレンに、ユーリは寄り添い、抱き締めて言い聞かせた。
「…おまえは悪くない。そうしなきゃおまえは死んでたし、他の連中───もっとたくさんの奴が血を流したんだ」
フレンを弁護するその言葉に対し、フレンは首を振った。
「僕が殺したんだ。その事実は変わらない。…峰打ちなんてする余裕は無かった。けど───…今日、僕が殺した彼らにも、家族があって、心があって、明日があったんだろう。そんな大事なもののために、彼らは蜂起したんだ。僕は彼らの名前すら知らないけれど、きっと誰かにとっては、その一人一人がかけがえのない存在だったんだ」
「フレン」
考えるなとユーリが名前を呼んで咎めるが、フレンは再びゆっくりと首を横に振るだけだ。
「…1つ命が消えるということは、世界が1つ消えるということだと───君はそう言った。まだ幼かった僕に、君はたくさんのものを与えてくれた。優しさというものも、温かさの正体も、全部、君が教えてくれた。…なのに、僕は―――」
床に、雫が落ちた。けれども、フレンは少しもそれを拭おうとしない。ただユーリの腕を押し退けただけだ。
「………優しくしないでくれ。僕には君の優しさに甘える資格なんてないんだ。僕は───」
そこから先は、言葉にさせなかった。ベッドにフレンを押し倒し、言葉を奪う様に乱暴に唇を重ねた。本来なら愛しさに心が満たされるその行為。だが、触れ合った場所から彼の痛みが伝わってくる様で、ユーリの心は悲しみで一杯だった。
キスの後、フレンは涙を流しながら再び目を閉じた。
「…何度も、何度も、“仕方ないんだ”って呪文の様に唱えて、自分に言い聞かせて………けれど、本当にあの命は失われなければならなかったんだろうか。…いいや、誰かが他人の明日を勝手に奪っていい訳がない。───あの人達こそ、僕が守るべき世界の一部だったんだ」
「…だとしても」
ユーリはまっすぐにフレンを見つめた。
「どんな聖人も、一滴も残さず水を掬うなんてことはできねぇ。その手からは、必ず水が滴る。───結局、何かを犠牲にしなければ、誰かを救えたりしねぇんだ」
ユーリは目を伏せながら、残酷な真理を告げた。
フレンの無垢さは、彼の長所だとユーリは思う。腐敗した騎士団の中で、彼は何が正しいのかを常に見分けようとしていた。ユーリに何度抱かれたって行為には慣れない、そんな初心なところも含めて、フレンは汚れを知らない無垢な人だ。
何にも染まらない、真っさらな無垢さ。唯一にして絶対の白。
それは、確かにフレンの美徳だとユーリは思う。腐敗した騎士団の中で、彼は何が正しいのかを常に見分けようとしていた。ユーリに何度抱かれたって行為には慣れない、そんな初心なところも含めて、フレンは汚れを知らない無垢な人だ。
何にも染まらない、真っさらな無垢さ。唯一にして絶対の白。
それは、確かにフレンの美徳なのだが───それと同時に、脆弱さに繋がる。彼は騎士としては、あまりにも優し過ぎた。
「…君が、人を殺めていてくれて良かったと思ってしまった…!!この汚れた手では、綺麗な手は掴めないから…───僕は酷い人間だよ、ユーリ」
ユーリに縋る様に抱きつきながら、フレンが言った。
(…おまえのためなら、何人だって殺してやる。幾らでも罪に汚れてやるさ)
ユーリはそう心中で呟いたが、口にはしなかった。自分の方がよっぽど酷い人間だ。
「…いつかは、この痛みさえ、失ってしまうんだろうか。人を殺めても、何も感じなくなって───息をする様に平気で人を傷付ける………そんな風になってしまうんだろうか」
フレンはそう言って、一滴の涙を流した。ユーリはそれを拭った。
「………もう休め。おまえが寝るまで、オレも起きてるから」
ユーリは手を握りながら、幼子に言って聞かせる様に優しく言った。
「………ごめんよ、ユーリ」
フレンは、、ユーリの腕の中で懺悔した。
やがて部屋にはフレンの寝息だけが響き、この空間には静寂が鎮座した。ユーリの腕の中で眠るフレンの金の睫毛には涙があった。それを拭って、ユーリはフレンの手を握る。
ユーリは、幼い頃から彼の手が好きだった。雪の降る寒い日でも、その手はいつも温かくて。ユーリの冷えきった指先に、笑顔と優しさと体温を与えてくれた。けれど、騎士団に入ってからは、その手はマメだらけになって、冷たい籠手に覆われる様になった。───そして、罪にまみれた。
自分も人を殺めた身だから、そのことをとやかく言うつもりはない。ただ、人を殺める度に、死にそうになる彼が酷く哀れで。
これからも、彼は多くの命を奪っていくだろう。彼の手中にある世界を守るために。
どうか、その罪に押し潰されることがない様に───ユーリはらしくもなく祈りながら、目を閉じた。
二度目の眠りにつく心中には、愛しさと切なさではなく、ただ悲哀に満ちていた。










▼劇場版の騎士道物語的展開に矛盾を感じて書き上げた話。「あれだけ人殺すなって言ってたのに、復讐はいいんかい… 」って思って。でも、これだけうだうだ悩んでると、アビスのアッシュとかに「屑が!」って罵られそう。
タイトルは、Judyさん(http://nanos.jp/leight/)からいただきました。



 



[目次]
[しおりを挟む]



main

Top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -