償いの朝焼け2 





その晩。久々に帝都・ザーフィアスを訪れた一行は、ユーリの部屋に泊まることにした。
「最近、野宿ばっかだったもんね。久しぶりのベッドだよ!!」
カロルがベッドに飛び込んで、スプリングが軋んだ。ユーリはそんな様子を見ながら笑った。
「ま、ここの固いベッドも、冷たい地面の上よりはマシだよな」
「ユーリ。貸してもらってるんだから、文句言うなよ」
鋭い眼差しでフレンが睨んだ。それにハイハイと手を振っていると───不意にノックの音がした。しかも、丁寧に内からの返事を待っている様だ。
「あ?いいぞ、入って来てー」
ユーリが訝りながらも返事をすると、現れたのは、女性陣でも下町の面々でもなかった。
「えっ、騎士?」
カロルがきょとんとする。
現れたのは、甲冑を身に付けた数人の騎士だった。部屋に入るやいなや、フレンを視界に確認すると、敬礼した。
「お休み中、失礼します。至急、ザーフィアス城にお戻りください!!」
「!!」
フレンの顔色が変わった。表情は砕けたものから真剣な表情になり、彼は帝国騎士団団長代理になってしまう。
「何があった」
問われたまだ年若いらしい騎士は、ユーリ達を見回した。どうやら騎士団絡みらしい。
「…わかった。外で聞こう」
フレンが騎士を外に連れ出すと───空気はそれまでのものとは質感を変えた。
「…どうしたのかな」
カロルが心配そうに呟いた。ユーリは静かな声音で返事をした。
「さあな。…どうせ騎士団絡みだろ」
「ワフッ」
同調する様にラピードが小さく吠えた。
「仮にも任務遂行中のフレンを呼び戻すなんて、なんか相当ヤバいみたいね」
レイヴンが椅子の上で、胡座をかきながらそう言った。ユーリは答えない。
カロルだけが、ベッドの上で枕を抱えながら、小さく彼の名を呼んだ。
「…フレン…」
そうして、しばらく部屋が静寂に包まれた時だ。ガチャリとドアが開いて、部屋にフレンが現れた。
「すまないが、急用ができた。少し行ってくる」
彼は、ベッドに立て掛けていた愛剣を手にとった。
「えっ…どうしたの?何処に行くの?」
カロルがベッドから身を乗り出し、フレンを見た。しかし、彼は答えなかった。
「フレンっ?」
「君達は先に休んでいてくれ。すぐに戻るから」
フレンは、そう言った。ユーリに比べて、付き合いがまだ浅いカロルでもわかる、見え透いた嘘だ。
「フレン!?」
カロルが叫んだ。しかし、フレンは何も聞かなかったかの様に、背を向けた。
「………部下をここに置いていく。エステリーゼ様達には、夜が明けるまで何も伝えないでくれ」
「フレン!!」
カロルが叫んだ。そんな彼に、フレンは、穏やかな笑みを浮かべる。
「………ッ!!」
その笑顔に、カロルは言葉を奪われた。胸を握り潰される様な、そんな感情と引き換えに。
カロルが何も言えなくなったことを良いことに、フレンは拒否権のない嘆願を、命ずる様に吐き捨てていく。彼らしくない、卑怯なやり口で。
「…頼むから───今夜だけは、部屋から出るな」
その言葉だけを残して───フレンは部屋から出て行った。後に残されたのは、ラピードの嘆きと、悲しみに似た沈黙と、数人の騎士。
「…そういう訳ですので、今晩は部屋から出ないでください。どうしても必要な場合は、私共が同行させて頂きます」
まだ年若い騎士が言った。レイヴンが椅子を傾けながら嘆息する。
「うへぇ〜。おっさん、トイレなんて、とっくの昔に一人で行けるんだけどなぁ〜」
「…フレン様からの命ですので」
レイヴンの軽口に少しムッとしながら、生真面目に騎士が言った。
「……フレン…」
カロルが膝を抱えて、沈み切った様子で呟いた。若いというより幼いという表現の方がしっくり来る少年は、フレンが吐いた孤独で冷たい嘘に、困惑を隠せなかった。
それに気付いた傍らのユーリが、彼の胸中に巣食う暗雲を晴らすべく、声をかけた。
「…どうしたよ、カロル?」
「ユーリ………フレンは何しに行ったのかな」
その呟きに、レイヴンもカロルに目を向けた。
「さあな。多分、騎士団のゴタゴタ、片しに行ったんだろ。…ま、大丈夫だって。アイツの強さは、一騎当千。おまえも知ってるだろ?」
「………」
それでも、カロルの表情は晴れなかった。その様子に、それまで壁に凭れて立っていたユーリも、カロルの隣に腰掛けた。
「“義を以て事を成せ、不義には罰を”…だよな」
「え?あ、うん」
急にギルドの掟を問われ、カロルが面食らいながらも頷いた。ユーリが手を組んだ。
「…アイツ、言ったよな。『僕も凛々の明星に入れてくれ』って」
「え?…う、うん。確かに言ったよ。騎士なのに」
「じゃあ、業に入れば業に従うべきだ。───『仲間に嘘吐いて首領の許可なく単独行動』は不義だよな?」
「だわね。みんなで月に代わってお仕置きよ!しっぺ、しっぺ!!」
「…ユーリ、レイヴン…」
カロルが表情を明るくして言った。ラピードも一声吠えた。
「ラピードもお冠だとさ。…帰ってきたら、叱ってやろうぜ」
「うん!!」
カロルが力強く頷いた。それにユーリも頷き返す。そして───
「………それで悪ぃんだが、今晩は別の部屋で寝てくれねぇか、カロル。今日は疲れたし───ゆっくりしたいんだよ」
「えー?…あの騎士の人達、許してくれるかなぁ?」
「駄目なら、また色仕掛けすりゃいいだろ。もちろん、おまえがな?」
それを聞いて、カロルの顔が複雑そうに歪んだ。ユーリはその頭をぽんぽんと叩いた。
「じゃ、おっさんもカロルと一緒に寝ますか」
事情を察したレイヴンが、椅子から腰をあげた。カロルの背中を押し、ドアに向かう。
「大丈夫。おっさんが掛け合ってやるって」
「…大丈夫かなぁ」
「任せなさい☆なんてったって俺様、あのシュヴァーンの弟ですから♪」
「その設定、まだ生きてたんだ………」
賑やかに二人が部屋から出ていく。それを追う様に、ラピードも。───一度だけ、ユーリを気遣う様にちらりと彼を見た後、廊下へ消えて行った。
「………悪いな」
ユーリは小さく謝罪の言葉を口にした。それは部屋を出ていった仲間へのものなのか、あるいは───。
先程までカロルが大の字になって寝ていたベッドに、ユーリは沈んだ。先程まで狭くて賑やかだった室内は、今は無駄に広くて静かな空間へと変わった。そう、“無駄に”。
その広さと静けさに、不意に喪失感に似たものを覚えて、ユーリは戸惑った。数時間前までは、賑やかな夜を予定していたのに。それもこれも、今ここにいない彼がもたらしたものだが、彼に責任はない。
「………早くフレンに戻って帰ってこい、騎士団長代理」
ユーリは呟いた。彼は、騎士としてのフレンは少しだけ好きになれなかった。
もちろん、その“顔”も彼の一部なのだから、フレンに愛してほしいと言われれば丸ごと愛せる自信はある。就く職で愛が冷める程、ユーリはフレンに対して冷静ではいられないのが事実だ。
しかし。騎士としてのフレンは、ユーリが恋した下町の幼馴染みのフレン・シーフォではない。ユーリは、1個人であるフレンが、好きで好きでたまらない。しかし組織は、個人を希薄にする。それが怖く、心配で。
それと、ちっぽけな独占欲のせいでもあった。自分でも馬鹿馬鹿しいと思う馬鹿馬鹿しいと思うが、騎士を辞めた今では、騎士団長としてのフレンはほとんど知らない。下手すれば、そこいらの騎士の方が詳しいかも知れない。それに対する独りよがりで傲慢な独占欲が、時折、胸中に渦巻く。
そして───。
「…」
浮かんだ考えは、途中で放棄した。今はここにいない人物のことを考えても、所詮は愛しさと切なさが降り積もるだけなのだと。
ここは何も考えない方が得策だ。そう言い聞かせ、ユーリは寝返りを打った。ちらりと見えた窓の外には星が無かった。
目が覚めれば、アイツが笑っておはようと言ってくれればいい───そんな叶わない願いを胸中に抱いて、ユーリは静かに瞼を閉じた。





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