影は光に殺される 





※「追憶の迷い路にユーリが出たら」という妄想。





眼前に現れたその人物は、ユーリにそっくりだった。
長い黒髪も、着ている服も、手にしている愛刀でさえ、まったく同一としか思えなかった。
唯一違うとすれば、雰囲気。背後からどす黒いオーラが漂っており、その瞳はどこか虚ろだ。―――形容するなら、影。光を失った、中身ががらんどうの影。
「……ドッペルゲンガーって知ってる、青年?」
レイヴンが冷や汗を流しながら、そう言った。しかし、目の前のユーリは何も言わなかった。
フレンは息を飲んで、影を見据えた。剣を握る手に力を込めた。
「…」
影は、剣を抜いた。その間際、鞘を抜いて投げ捨てる様さえも、ユーリに酷似していた。
影が剣を構えたのを確認した瞬間、直感的にフレンは前に出た。後ろにいる仲間達の様に、怯んでいる訳にはいかなかった。何が何でも、戦って倒す。でないと、殺されてしまう。“彼”はユーリに酷く似てはいたが、彼の様に優しくはないだろう。負ければ、間違いなく命を奪われる。フレンも、そして仲間達にも守るべきものがある。己の騎士道に懸けて、勝たなければならないと思った。
その隣をユーリが走っていた。ちらりと見やったが、髪に隠れて表情はよく見えない。
「…あれと戦えっての…?」
後方でリタが呟いた。術の詠唱途中であったが、やはり発動できずにいた。理知的でリアリストな彼女も、目の前の光景に動揺している様だ。
カロルはハンマーを痛いくらいに握りしめた。ドンの最期の言葉が脳裏を過り、仲間を守らなければと思うが、ユーリも紛れもない仲間だ。その仲間と酷似した敵を殺す等、できなかった。
「…ボク…戦えないよ…」
「…」
隣のラピードも判断に困っている様だった。その背後でパティが銃を構えてみるものの、手が震えて狙いが定まらない。
「…ユーリ…」
エステルは詠唱を終え、術を発動させる。攻撃術ではなく、前線にいる彼らを守るための、加護の術。
ジュディスは目を眇めた。騎士団で習得した技を、我流でアレンジした太刀筋。独特の剣を弄ぶ様に放る癖まで同じだ。世界中を旅しても、ユーリと同じ太刀筋の剣士はいなかったし、いるはずがなかった。それが今、こうして対峙している。しかも、遠目から見ても、かなりの強さだとわかった。
「何してんだ!ぼさっとするくらいなら、さっさと逃げろ!!」
ユーリは、影と太刀を交えながら、そう仲間に怒鳴った。その叱責に応じて武器を構えたのは、ラピードとレイヴンとジュディスのみで、あとの者は途方に暮れていた。泣きそうな声でカロルが叫んだ。
「だって!!」
「殺せ!!」
「ッ…」
ユーリの命じる様な言葉に、カロル達は息を詰めた。まだ幼い彼らにとっては、あまりにも酷な言葉だった。
その様子をちらりと見ていたフレンが、相手の刀をあしらいながら口を開いた。
「…君には悪いけど、コイツは僕が倒させてもらうよ」
フレンは目をユーリに向けた。その蒼は、どこまでも澄み渡り、揺るぎない決意を感じさせた。今度は騎士としてのものではなく、大人としての責任感によるものだろう。仲間に酷似した人間を殺す―――その咎をまだ幼さが残る彼らに背負わせてはいけない。フレンと同じ責任感で、レイヴンは矢をつがえ、ジュディスは槍を取った。
ユーリはいつもより少し余裕のない顔でふっと笑った。
「おまえ、酷ぇ奴だな。ダチのそっくりさんを殺そうってんだから。容赦ないねぇ」
「友達だからだよ。…もう君が誰かを殺める姿は、見たくないんだ。―――君に酷似した姿で人を殺すなんて、そんな真似、僕が許さない」
視線を鋭くして、フレンは目の前の影を見た。幼い頃からユーリと共に育ったフレンでさえ、見紛ってしまいそうだった。
ユーリはその言葉には何も言わず、目の前の敵に集中した。自分で編み出した技を、自分で受けるのは不思議な感覚だった。
(この技、出が早いな。でも隙がデカいから、使う時は気をつけねぇと)
どこか他人事の様にそう思いながら、隙を見つけては剣戟を叩き込んでいく。フレンの攻撃に合わせて、こちらも攻撃を仕掛け、敵を圧倒していった。
影が不意によろめいた。そろそろ限界らしい。フレンの攻撃が止まるのを見て、ユーリも手を止めた。影は腹を押さえて項垂れる姿まで自分に酷似しており、ユーリは小さく息を吐いた。どうせ自分に似ているなら、もう少し強くて骨のある方が良かった。
「…そこでよく見ていろ、ユーリ。もし君が道を踏み外した時―――君がどうなるのかを」
フレンはそう言った。瞬間、解放されたのは闘気と殺気。背筋が寒くなる様なそれに、今まで二人の攻撃を見て隙を窺っていたジュディスが槍を収めた。
「…私、必要ないみたいね」
「…」
その言葉にユーリは何も言わなかった。ただじっと前に出たフレンの背中を見つめる。
「…光竜滅牙槍!!」
斬撃が光の竜となり、敵を貫いていく。その様子をぼんやりとユーリは見ていた。
「………怖ぇな」
ユーリは小さく呟いた。自分が殺されるのを傍目から見るというのは、やはり背筋が凍る様な想いがする。果たしてどうしたらあの影の様にならずに済むのだろう。考えてはみるものの、名案なんてすぐには浮かばず。
やがて影は地面に叩き付けられる様にして地に伏せた。フレンはその骸を背に、剣を払って鞘に収めた。その姿を見て、ユーリはひとりごちる。
「…オレを殺していいのは、おまえだけだぜ、フレン」
最も、そんなことにならないのが一番なのだが。ユーリは顔を上げたフレンに歩み寄り、手のひらを差し出した。










▼ネット環境がなかった頃のもの。ここにあるTOV駄文はだいたいそう。何番煎じかは知らないけれど、書いてみたかったんで書いたんです。




 



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