どんなに重力に捉われようと君の肩越しには未来が見える  





※ED後。捏造有。




 暗闇の中で、ドアが閉まる音がした。小さくほっと息を吐く。肩に入っていた力が少しだけ抜けた。
 耳に残る鋭利な言葉にかっと瞳が熱くなるが、瞳を強く閉じて堪えた。自分には泣く資格さえもないのだと、己に言い聞かせて泣くことを踏みとどまる。
 瞼の裏に、ソディアの憤った様子と、エステルの心配そうな顔が浮かんだ。何とか部屋に来るまでは気丈に振る舞ったつもりだが、気付かれていないだろうか。
 フレンはふっと唇の端を上げて笑った。一人になった途端に泣きたくなってしまう自分が、どうしようもなく情けない。そしてその無様さにますます泣きたくなってしまう。悪循環。
 いつこの均衡が崩れて涙腺が決壊するのだろうかと思っていた時──窓がガタガタと鳴った。フレンは不審に思い、涙を拭って窓際に近付いた。すると、木の枝に腰掛けた幼馴染みが、笑みを浮かべて左手をあげていた。フレンは慌てて窓を開ける。
「ユーリ!!」
「よっ。元気か、フレン?」
窓を開けてもらったユーリは身軽に木の枝から窓枠へと乗り移り、部屋に侵入した。その身のこなしの鮮やかさときたら、軽業師も顔負けだ。
 フレンは僅かに眉根を寄せた。正直今は会いたくなかった。呻く様にユーリに尋ねる。
「…何でここに?」
「ん、まあ、エステルの依頼でさ。会議に参列するアイツを帝都まで護衛するのが、今回の依頼。往復でだから、お姫様が会議終わるまで、オレらは待機してたんだよ。バウルならひとっ飛びだし、今騎士団は他のことに人員割く訳にはいかないだろ?」
「それは言わなくてもわかる。エステリーゼ様が僕を気遣ってそうして下さったのも、君が帝都にいるのも推察できる。──だけど、城にある僕の自室に来た理由は?明日も会議なのは君も知っているだろう」
「――そのエステルから聞いたんだよ。おまえ、会議で評議会の連中にボロクソ言われたんだって?」
「!」
フレンは言葉に詰まった。やっぱりとユーリは肩を竦める。
「エステル、かなり心配してたぞ。オレ、もう寝てたのに叩き起こされてやれ評議会の議員がどうだの、ヘリオードがどうだの、聞かされたんだぜ」
 おかげで眠ぃの眠ぃの。ふわわとユーリは大きな欠伸をした。どうやらエステルから半ば無理やりに様子を見て来る様に言われたのだろう。彼女らしい気遣いだ。
 だが今は誰とも話したくない気分だった。彼女には申し訳ないが、今はユーリの軽口に付き合う気にはなれない。
「…それは災難だったな。じゃあ、もう帰るといい。エステリーゼ様には、僕は大丈夫だからと伝えておいてくれ」
 背を向けてそう告げる。さらりとした無味乾燥な言葉。精一杯のフレンの虚勢。背後でユーリが息を吐き出す音がする。ため息だ。
「大丈夫って顔してねぇっての」
「え?」
「目は赤いし、目元が腫れてんじゃねぇか。…オレに嘘吐いたって無駄なことくらい、わかってるだろ。百年早ぇよ、バカ」
「……」
 フレンは何も言えなかった。最初から隠し通せる訳がなかったことに今更気付いた。
 振り返れば、月光に照らされてユーリの優しい笑みが見える。穏やかな声で、フレンと名を呼ばれた。
「いいから、全部話せよ。…何があった?」
「……」
 彼には敵わないとフレンは思った。思考も感情も全て、見透かされてしまっている。
 涙もその理由も、今更隠す意味を感じなくなり、フレンは淀みのない口調で話し始めた。
「──悪いのは全て帝国だ。彼らが憤るのも無理はない。最初に嘘を吐いたのは、帝国なのだから」
 帝国――キュモールが吐いた真っ赤な嘘。
“貴族にしてやる”
 そんな甘言に人々は騙され、劣悪な労働環境の中でも歯を食い縛って、作業してきた。全ては“貴族してもらう”ために。
 しかし、それはキュモールが吐いたまったくのでたらめだった。そのことを知らず働き続けるヘリオードの人々。彼らをこれ以上騙し続ける訳にはいかない。
 フレンは、ヨーデルの賛同を得た上で評議会の反対を押し切り、事実を公表した。
 しかし、真実を知った労働者達の怒りは、帝国側の提示した賠償金程度ではおさまらなかった。本当に貴族にしろと人々が訴え、暴動を起こしたのだ。
 これに対し、評議会は武力鎮圧を提案。フレンは話し合いで解決する様に訴えたが、暴動により帝国側に怪我人が出たという報せを受け、ヨーデルはその提案を採用した。彼にとっても苦渋の決断だったろう。
 けれどもその結果、力で押さえ付ける帝国側の姿勢に反発して、ヘリオードの労働者だけでなく、そこから程近いダングレストの一部のギルドからも、味方する者が出た。一気に攻め立てればすぐに終わると高を括っていた帝国としては、予想外の出来事だった。
 ユニオン本部は今のところ、帝国との関係を考えて静観を決め込んでいるが、これ以上長引けば双方の関係に悪影響が出る、という話だった。
「市民にも騎士団にも犠牲が出た。最悪、ユニオンとの全面戦争にもなりかねない。…その責任は、事実を公表した僕にあると評議会は主張している」
「おまえが黙っとけば、犠牲は出なかったってか。…遅かれ早かれ、隠し通せるものでもなかっただろうによ」
「ああ。だから、僕は事実を公表する様踏み切った。しかし……」
 そこでフレンは目を伏せた。ユーリは嘆息した。
「誰が悪いとか何が原因だとか、責任転嫁してる場合じゃねぇだろ。くだらねぇ責任争いしてる暇があるんなら、ちょっとでも弱者のことを考えて動けっての」
「……評議会は僕が退陣しない限り、騎士団に協力しないと主張している。……これじゃ、動きようがないじゃないか」
 聞こえた声音は、自分でも驚く程に弱々しいものだった。ユーリが目の前にいるのに、彼に騎士団を託されたのに、なんて情けない。
 フレンが視線を合わせられなくて俯いていると、ふいに強く抱き締められた。顔を上げると、そこには笑みを浮かべたユーリがいて。
「あんま背負い込み過ぎんなよな。何のために、オレがいると思ってんだ」
「ユーリ…」
「一人じゃねぇんだから。無理すんな」
 耳元に滑り込んでくる優しい声音。フレンの唇が思わず戦慄いた。今まで必死に耐えていた瞳から、涙が溢れ出す。ユーリが何も言わずに背中を撫でてくれたおかげで、フレンは幼少期の様に思いっきり泣けた。



 しばらく泣いて落ち着いた後。ベッドに腰掛けたフレンに、ユーリが水を持ってきてくれた。
「ありがとう」
 そう礼を言うフレンの瞳はまだ赤いが、表情はちゃんとした笑顔だ。ユーリが隣に腰掛ける。
「で、どうする。力で押さえつけるなんて、あいつらしくない。おそらく評議会の目を気にしてだろうが…その様子じゃ、一度失敗してるフレンに殿下は味方してくれないだろうな」
「いや。殿下の協力は必要ない。…僕に考えがある」
 キッパリと言い切ったフレンの瞳には、涙の代わりに強い決意が浮かんでいた。



◆◇◆◇◆



 明くる朝。ヘリオードの労働者キャンプに、巨大な影が落ちてきた。息を潜めて隠れていた人々も、何事かとぞろぞろと這い出てくる。彼らの頭上には竜の様な巨大な生き物と、ひとつの船。
 あまりの光景にあんぐりと口を開けていると、船から一人の人間が降り立った。バネを十分にきかせて着地したその人物は、騎士の鎧を身に着けている。輝く金髪と碧眼。帝国騎士団団長フレン・シーフォその人だった。辺りの人々が武器を手に持ち、一斉に警戒する。
「みんな、話を聞いてくれ!私はあなた方を攻撃しにきたのではない!」
 フレンは両手をあげてそう言った。彼の腰には、騎士の誇りともいうべき剣がない。暴徒達は驚きに顔を見合わせた。
「今日はあなた方に謝罪をしにきた。今回、帝国騎士団の隊長ともあろう者が、皆さんにありもしない取り引きを持ちかけ、騙した。すまなかった」
フレンは頭を下げた。再びざわざわと暴徒達が騒ぐ。フレンは更に言葉を続けた。
「勿論これで許されるとは思ってはいない。だがこのままではたくさんの犠牲が出てしまう。穏便に事を済ませるためにも、話し合いで解決できないものだろうか」
「……」
フレンの真摯な言葉に、静まり返る暴徒達。しばらくその静寂が続くが、やがて暴徒達の中から中心になっているらしい人物が出てきた。
「…うまくいったみたいだな」
 上空で様子を見ていたユーリは、ふっと口元を緩めた。万が一何かあった時はユーリ達が出ていく様になっていたのだが、どうやら必要なさそうだ。
「武器も持たずに丸腰で労働者キャンプ行くって言い出した時は、ヒヤヒヤしたけどね。鎧だけ身につけてって、騎士であることを見せびらかしてるだけで、返って逆効果じゃないか」
カロルが苦笑して言った。隣のジュディスが笑う。
「きっと、誠意が伝わったのよ」
「だな」
眼下の騎士は、代表達と何やら話し込んでいる。徒党を組んでいた暴徒達も、今は警戒を解いている様だった。もうしばらくすれば手に持った武器もきっと放り出すはずだ。
 どんな困難に直面しようとフレンなら必ず光を導ける。力が足りない時はそっと背中を押してやるだけでいい。ユーリはいつも彼を信じており、現に彼は前進してみせた。
ユーリは幼馴染みの頼もしさに笑みを零し、そっと目を閉じてそよぐ風に身を任せた。



▼過去ログより修正してサルベージ。私はフレンやユーリを泣かせるのがどうも好きらしい。結局ヘリオードの問題ってどうなったんでしょうね。 



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