As you like it. 





※メンヘラユーリとアガぺなフレン。現パロです。





ポケットから、メロディが聞こえた。僕はその発信源である携帯電話を取り出し、通話ボタンを押して耳に当てた。聞こえたのは、幼馴染みの声。
『よぉ、フレンか』
「僕の携帯電話にかけて、他に誰が出るっていうんだい?」
冗談混じりにそう言うと、耳元で彼も小さく笑った。
「で、どうしたんだ?」
『ああ。今日、暇か?』
「暇じゃないよ。今日、平日だってこと、わかってるか?」
『忘れてた』
棒読みで彼は言った。僕もわざとらしく、嘆息してみせた。
『いやさ、頼みがあって』
「頼みって……いつもの?」
「ああ、」
続く言葉を予想して、僕は眉を顰(ひそ)めた。そして、次に耳元で聞こえた言葉は、僕の想定したものと同義語だった。

ユーリとの通話を終了した後、僕は手早く教科書を仕舞い込んだ。アグエロンが訝った。
「どこ行くんだ?次はキュモールの授業だぞ?」
「―――ユーリに呼び出された」
僕は短くそう言った。アグエロンはこの言葉だけで全てを悟り、哀れみと呆れに満ちた表情で嘆息した。
「またそれかよ。おまえ、ユーリのこととなると、いっつもそうだよな。試験前でも早引けして、アイツのとこに行っちまうんだから」
「授業ならいつも真面目に受けているし、キュモールの皮肉なんてユーリのそれに比べたら大したことはないから、大丈夫だそれより、僕がいない間に例の発作を起こして死なれては困る」
「…おまえも大変だなぁ」
アグエロンが憐憫を込めてそう言ったが、僕は答えなかった。代わりに軽く手を上げて、その場を後にした。

見慣れたアパートの門を潜り、階段から二階へ上がる。一番奥から数えて二番目の部屋。インターホンなんて使えなくなっているから、遠慮なしにドアを開けた
「お邪魔します」
「ワンッ!」
「あ、フレン」
玄関にはユーリより先に僕の来訪を察知したラピードがいた。尻尾を振って僕を出迎えてくれた。彼の頭を撫でて、顔を上げると、入ってすぐのリビングに、タンクトップとジャージ姿のユーリがいた。まだ春先だというのに、はしたない。―――その白い肌には、痣となった切り傷が幾つかあった。
「何か上に着ろよ。はしたない」
「別にいいだろ。オレとおまえしかいないんだから」
「良くない。無暗に肌を見せるな」
「ハイハイ」
渋々といった様子で返事したユーリ。それを咎める気にもなれず、何も言わずに靴を脱いで上がった。
「まだ散らかしていないみたいだね」
僕はリビングを見て言った。さして散らかってはいない。ユーリは整理整頓や掃除が苦手で、よくゴミを溜め込む。その度に僕が片付けているのだが、今日は必要ない様だ。この前来たのは、一週間前くらいだから、彼にしては上出来だ。
「じゃ、早速頼むわ。道具ならそこに置いてあるから」
ユーリの指差した棚の上には、これから行う行為に必要なものが置いてあった。ジャージの上着を着たユーリが、窓を開けてベランダに出た。ラピードは事情を察し、大人しく部屋の隅にある自分の寝床でうつ伏せになった。僕はリュックの中からポーチを取り出した。ベランダに椅子を置き、そこにユーリが座る。彼の首の周りにバスタオルを巻き、クリップで留めた。
「で、今回は女性だったの?男性だったの?」
「女」
短くユーリが答えた。僕は霧吹きで髪を湿らせながら、尋問の様に聴いていく。
「年は?」
「二個上」
「職業は?」
「OL…とか言ってた気がする」
さながらアンケート調査の様だ、と僕は思った。ユーリはつらつらと話し出す。
「なんか、倦怠期っていうか…限界感じててさ。まあ、要は飽きたんだけどな。それでオレから電話かけて、どちらともなく別れた」
「そうだったんだ。それはいつの話?」
「今朝」
櫛で髪を梳かしていく。彼の髪は癖が少なくてとても綺麗で、櫛の歯にも全く引っかからない。これで大したケアもしてないことを世の女性が聞いたら、さぞ羨ましがることだろう。
「…ユーリ」
「あ?」
「―――また自傷行為なんて、してないだろうな?」
僕はその表情から目を逸らさない。こちらを見たユーリの顔が、僅かに曇った。

ユーリは両性愛者で、躁鬱の節がある。正確に診てもらったことはないが、ストレスを感じると自己嫌悪になり、自傷衝動が湧き起こるのだ。今はそれ程でもないが、二年前は酷かった。
当時、彼はとても荒れていた。自傷行為は日常茶飯事、昼夜逆転の生活を送り、眠る時は睡眠剤を服用して、倒れる様にして眠る。よく飲み過ぎて、病院に運ばれる騒ぎとなった。違法薬物に手を出しかけたこともある。
その度に僕は彼を止め、叱り、慰め、一緒に泣いた。
挙句の果てには、入水自殺をしたこともある。その時は、泳いで助け出した。幸い、海が荒れていなかったため、二人共なんとか陸に上がれた。
「………何で助けた」
浜辺に横たわったユーリが、恨めしそうに言った。
「…今回に限らず、毎度毎度―――ほっときゃ良かったじゃねぇか。問題ないだろ、オレが消えたって―――」
「大ありだ」
「…何?」
ユーリが眉を顰めてこちらを見た。空は分厚い雲で覆われ、今にも雨が降りそうだった。
「世界も、分解すればひとつひとつの命で出来ている君も僕も、世界の一部だ。…なのに、何でその世界の中に君自身の命が入っていない?」
「ハッ、綺麗事抜かしやがって。別にオレが死んだって何も―――」
「ふざけるな!」
僕は言葉を遮り、ユーリの胸倉を掴んだ。
「君の命は君だけのものじゃない!僕らは生かされているんだ!…死なせてなんかやるもんか」
「………」
黙り込むユーリ。その頬に、雨が落ちた。僕は手を離す。
「いいか。もう二度と、こんなことをするな。そんなことを言うな」
「…」
「どうしても死にたいなら―――僕も一緒に死んでやる」
―――あれ以来、ユーリは随分大人しくなった。もう自殺もしないし、睡眠剤も服用しなくなったし、フリーターだけど一応自立した生活をしている。けれど、まだ自傷衝動はあるらしく、強いストレス―――たとえば、失恋など―――を感じた時は、手首を切ったりする。
「…言わないなら、脱がすよ。失恋したのが今朝なら、傷口も新しいはずだ。僕が医学部に在籍しているのは、君も知っているだろう?」
「言います、懺悔します。やりかけました」
その言葉を聞き、僕はバスタオルを取ろうとするが、ユーリに手を掴まれ止められる。
「いや、ちょっと剃刀握ったけど、なんとか踏み止まったから!!」
「…それならいいけど」
僕は再び手を動かす。ユーリはホッと息を吐いた。別に下心は無かったので、少しムッとしながら訊ねる。
「それで、今日はどうする?」
「別に。おまえの好きにしてくれ」
「わかった」
僕は頷いて、髪をピンで留めた。
ユーリは失恋した時、手首ではなく髪を切るようになった。その度に僕が呼び出され、彼の黒髪を切っている。店に行かないのは、お金がかかることとめんどくさいかららしい。僕もそのことを嫌だとは思わないので、構わなかった。
僕はポーチから鋏を取り出し、髪を切り始めた。
「最初の頃より、随分上手くなったよな。元から下手じゃなかったけど」
「ありがとう。他人の髪を切るんだから、ちゃんとしなくちゃいけないからね。ちょっと勉強した甲斐があったかな」
「おまえ、真面目だもんな。向いてるんじゃねぇ?顔いいし、カリスマ美容師とか言われて、テレビとかに出てそう」
「そうかな…資格でも取ってみようか」
そんな冗談を話しながら、髪を切っていく。とりあえず、今は背中にかかっている髪を、肩につくくらいにしようと思っていた。
風に乗り、ユーリから切り離された髪の一部が、ふわりと飛んでいった。せっかくの綺麗な髪を切ってしまうのは惜しいと思うが、仕方ない。こうしないと、ユーリはまた自分を傷付けてしまうだろうから。
僕はユーリの項を見た。普段は髪で隠れているが、そこにも痣が残っていた。自傷行為を始めた頃から、ユーリは髪を伸ばし始めた。理由は、傷や痣を隠せるから。そしてそれは、自傷を止めて手、首の代わりに髪を切る様になった今でも続いている。
僕が痛々しい痣を見て手を止めた時、
「なあ、フレン」
ユーリに名前を呼ばれた。生唾を飲み込んでから彼が発した声は、少し掠れていた。
「………今でも、一緒に死んでくれるか?」
僕は思わず息を詰めた。前を向くユーリの表情は見えない。僕は眉を顰めた。
「…死にたいのか?」
「いや、そうじゃねぇけど―――ただ気になっただけだ」
「………」
「なあ、フレン。今でも、オレと一緒に死んでくれるか?」
僕は鋏を見つめた。そして、ユーリの肩に手を置いた。人差し指をバスタオルの下に這わせ、首筋のとある一点に添えた。
「―――ここ。人体の急所だ」
僕は鋏を持ち替えた。先端をそのポイントに軽く当てる。人体の主要な血管や急所は頭に叩き込んであった。
「ここを上手く刺せば、人間は一息に死ぬ。最も、手が狂って上手く逝けないかもしれない。たとえ手が狂わなかったとしても、苦しみはするだろう。けど、簡単に死んでしまう。―――今この時点で、君の命は僕の手の中だ」
「―――っ、」
ユーリは小さく身震いした。僕は首筋から鋏を退け、持ち直した。
「死にたい時は、いつでも言ってくれ。どうしたらいいのか、僕も一緒に考える。それでもどうしようもなくなった、その時は―――君のお気に召すまま、僕も一緒に命を絶とう」
「……」
ユーリは、肩越しに僕を見た。しばらくそうしてこちらに目線を向けていたが、少しだけ嬉しそうな表情になった。
「………ありがとな」
「心中の約束なんて、礼を言われる様なことじゃないよ」
僕は苦笑して言った。再び髪を切り始める。
本当なら、心中の約束なんてするべきじゃない。でも、この嘘偽りのない約束が彼の支えになるなら、それもいいと思った。この言葉が彼の力となるのなら―――。
「でもね、ユーリ。僕は医師になりたいんだ。だから、僕は誰かの命を故意に奪うことはしたくない。―――たとえ、それが僕自身の命であったとしても」
「…オレに殺せっていうのか?」
「そうならないといいけどね。―――僕は君と一緒に生きていたいから」
僕は微笑んだ。ユーリも肩についた髪を掃って笑った。
「おまえ、いい医者になれるよ」
「ありがとう」
「礼を言われる様なことじゃないぜ。事実を言っただけなんだからな」
僕は目を丸くした。ユーリがニヤリと笑みをみせた。やはり彼には敵わない。僕は肩を竦めた。
「―――はい、終わったよ」
「サンキュ」
手鏡をユーリに渡すと、彼はそれを軽く覗いた。満足気に頷き、笑った。僕もつられて笑った。
「うん、結構いいぜ。さすがフレンだな」
「それは良かった。…鋏はこうやって使うんだよ。言うだろ、『馬鹿と鋏は使い様って』」
「…」
「鋏に限らず、刃物全般に言えることだけどね」
ユーリは苦々しげな顔を鏡に映していた。僕は苦笑いした。
「じゃ、もう行くね」
道具をしまいながらそう言うと、ユーリに服の裾を掴まれた。
「ついでに頭も洗ってくれよ」
「…」
「な?」
僕はため息を吐いた。
…まったく、いつになったら僕の手はユーリから離れるのだろう。この様子じゃ、ユーリが本当に自立するのは、ずっと先になりそうだ。親離れできない子供を持つと、こういう心境になるのか。
「どうかしたか?」
僕の気も知らず、ユーリは訝った。それに僕は首を振った。
「いや、何でもないよ」
「変な奴。…あ、爪長くねぇよな?もし長いなら、切っとけよ」
ユーリが爪切りを差し出してきた。僕は苦笑しながらそれを受け取った。
早く僕が髪を切らされることもなくなるといい。だってその時は、ユーリが幸せになった時だから。次切らされる時は、おかっぱ頭にしてやろう。









▼いきなり現パロって…うん。
 何気に続きます。気が向いたらそのうち続編載せます。



 



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