Wait For Rainfall 





※劇場版設定。ネタバレアリ。












雨が降ればいいのに、とオレは思った。それは呟きとなって、目の前の幼馴染みに届いた。
「…奇遇だね。僕もそう思ってた」
少し前までのこの同輩なら、こんな意味のない一人言にも刺々しい言葉を返してきただろうが、今は違った。普通にそう言って、また少しだけ悲しそうな顔に戻っただけだ。湿っぽい空気がこの空間を占拠していた。
「…ユーリは悲しくないのか?」
躊躇いがちに投げ掛けられた言葉に、顔を上げた。見ると、目を伏せて唇を噛み締めたフレンがいた。
「そんな訳ねぇだろ」
オレは俯いて、ぶっきらぼうに答えた。
3日前、俺たちの所属するナイレン隊の隊長、ナイレン・フェドロックが亡くなった。まだ葬儀は行われていない。帝都から使者が来るまでは、式は行えないのだ。それまで、オレ達ナイレン隊は待機を命じられたが、どの隊員も沈んだ面持で、何をしようにも手につきそうになかった。フレンは塞ぎ込んでこそいなかったものの、以前の様な刺々しさはなくなって、その代わりにずっと隊長に言われたことを考えている様だった。
「じゃあ、何であの時泣かなかったんだ」
「…大勢の前で泣くなんてこと、出来っかよ。…それに、おまえも泣かなかったじゃねぇか」
「僕は………ユーリが泣かなかったから」
「何だよ、それ」
オレは軽く笑おうと思って、頬を緩めようとしたが、できなかった。頬がぴくりと引きつっただけで、上手く動かない。
そんなオレを知ってか知らずか、フレンが口を開いた。
「あの時───遺跡から引き上げた時さ」
フレンは窓の外を眺めながら、そう言った。窓の外の街並みは、無人で不気味なくらい静かだった。いつもなら、この時間帯は、活気に溢れているはずなのに。
「ヒスカさん達、二人一緒に泣いてたよね」
「ああ」
オレも窓の外を見ながらそう言った。今日は朝から曇天。やっと一雨きそうだなと思った。普段は鬱陶しいと思う雨も、今のオレ達にとってはまさしく慈雨だ。
「ちょっと羨ましかったんだよな」
「何が」
「ああやって、大声で一緒に泣けることが」
オレは思わずフレンの耳を見た。少し赤くなっている。
それを確認してから、オレは口を開いた。
「何でだよ?」
「一人で泣くと寂しいし、でも皆の前で泣くと、心配かけるだろう。…ユーリの言う通り、体裁が悪いしね」
「めんどくせぇな」
オレは一瞥して、座っていたベッドに背中からダイブする。フレンは咎めようと振り向きかけたが、足を動かすだけで止まった。誤魔化すために、支給品のブーツをトントンと鳴らす。
「何だよ。『一緒に泣いてくれ』って事じゃなかったのか?」
オレは毒づいた。それにフレンは、うん、としおらしい返事を寄越した。オレは呆れたフリをしてため息をついた。
「でも、ユーリも同じだろ。ユーリも誤魔化そうとしてるじゃないか」
オレは、舌打ちをする。ばれてりゃ世話ないぜ。そう呟いて、寝返りを打った。
ぽつ。ぽつ、ぽつ。
外で雨が降り始めた。やがてそれは、堰を切ったかの様に激しい雨となり、地を叩いた。雨音が部屋にまで大きく響く。オレとフレンの願いが叶った。
フレンがそれを見て、こちらにタオルを投げる。
「ほら」
ぱさりとタオルが投げられた。顔にかかって、ふわりとシャボンの香りが鼻を擽る。
オレは目だけ覗かせて、フレンの様子を見た。その手にも真っ白なタオル。
「用意いいな」
「そりゃ、ね」
返事は涙声で返された。フレンは顔にタオルを埋めて、肩を震わせていた。
外はどしゃ降りで、霧がかかった時の様に雨が煙っていた。
「…いい加減泣けよ、ばか」
涙声でフレンが言った。空色の瞳は、涙を湛えていて、そこからぼろぼろと溢れていく。
「うっせぇ、泣き虫」
罵声には罵声を。だけど、泣き虫なんて、他人に言えやしないことは、自分が一番わかっていた。天井の染みが滲んで、熱いものが頬を滑り落ちた。
「後で顔を洗いに行こう」
床に崩れ落ちたフレンが、くぐもった声でそう言った。オレは何も言えなくて、天井を仰いだ。ただ涙が溢れて止まらなかった。フレンもただ泣き続けた。3日分の悲しみが心を占め、眼球は水分を放出し続ける。
時折漏れる嗚咽は、外の激しい雨音に紛れた。どうかこれが長雨になる様に───悲しみの原因となった罪作りな故人に、そう祈った。









Wait For Rainfall
(それは恵みの雨でした)






2011.12.21 掲載



 



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