Bury at sky for you. 





これの続き。残されたユーリのその後。











遠くで弔鐘が鳴り響いている。
ユーリは、慣れない正装に息を吐きながら、結っていた髪をほどいた。エステル達に言われて仕方なく着ていた喪服を脱ぎ捨て、着なれた普段着に着替えるとほっとした。今はいない彼が、喪服を纏うユーリを見たら、きっと大笑いするだろう。彼のために仕方なく着ているというのに。
主を喪った部屋は、今日からはユーリが使うことになった。家主にそれとなく事情を話すと、好きにしていいと言われた。
まだ残るフレンの香りに、ユーリは僅かに目を細めた。フレンがもう居ないという実感が未だ湧かずにいるのは、依然、この部屋に彼の私物が残っているからだろう。
ユーリはベッドに倒れ込んだ。式は途中で抜けてきた。フレンが焼かれるところなんか、見るつもりはなかった。
ユーリは、もうギルドを引退するつもりだった。自分は老いて───あまりにも、様々なものを失ってしまった。まだ年寄りぶるつもりもないが、色々と限界だった。フレンがいない世界では、自分は無力だ。後を任せるに値する人間なら、幾人もいたが───背中を預けられる人間は、あの親友しかいなかった。
まだカロルに話はしていないが、彼だってもう子供ではないのだ。きっと承諾してくれるだろう。
「………」
ベッドに横たわったまま、ユーリは部屋を見渡した。
これから、この部屋での生活が始まる。次第に、フレンの名残は消え、部屋はユーリの色に塗り替えられていくだろう。それを想うと、ユーリはぞっとしたが───それでも、ここを誰かに明け渡したくはなかった。
(―――おまえは昔からそうだ。オレより、常に一歩先を歩いてて…気がつきゃ、ぐんと引き離されて、背中が遠くなってんだ。オレが一生懸命追いかけて、やっと追い付いて…オルニオンで勝った時、おまえより一歩先に出たって思ったのに………───また追いかけなきゃなんねぇのか)
ユーリは心中で呟いた。
そして目を閉じた。すると、よく聞き慣れた彼の小言が蘇る。
『もう、また服を脱ぎ散らかして!シワになるじゃないか!』
『あぁ、髪はほどいたなら櫛でとかさないと!』
『こら、ベッドに横になるんなら、靴を脱げ!寛げないし、シーツが汚れるだろうっ?』
頭の中に過るフレンの小言。終いには腰に手を当て、仁王立ちする彼の姿まで浮かんできた。
「………どんだけ依存してんだ、オレ」
ユーリは目を開いて苦々しく笑った。言われていた時は煩くて仕方なかったその小言も、今は恋しく思っているのだから、自分はつくづく身勝手な人間だ。
開け放した窓からは、蒼い空がよく見えた。彼の亡骸は、今頃焼かれて空に溶けただろうか。この空は、まるで彼の瞳の様に蒼い。

フレンが息をとった翌日。彼の机の引き出しから遺書が見つかった。やはり彼は自らの死期を悟っていたのだろう。───騎士団を辞めた時から。
遺書には、大したことは書かれておらず、ごく個人的なものだった。身の回りの人間への感謝の言葉や、自分の葬儀や墓についてのことが書かれてあっただけだ。
フレンは、自分の葬儀については遺書にこう書き遺していた。『僕の葬儀は、下町の人や友人だけで簡単に行ってくれ。できれば、火葬して残った灰をバウルから撒いてほしい。それが駄目なら下町の川にでも流してくれ』と。
この遺書に、残された者達───特にソディア等の騎士団や帝国関係者は戸惑った。フレンは歴史に名を刻んで然るべき人間だ。てっきり国を挙げての国葬にしようと思っていたのに、“絶対”だなんて。
困惑するソディア達に、ユーリは呆れながら言った。
「…大方、自分のために国の税金が使われるのが嫌だったんだろ。もう、騎士団を辞めて、ただの一介の一般人なのに───ってな」
「………」
部下と顔を見合わせるソディア。亡き元上司の遺言に、困りきったソディアへ、ユーリはフレンの遺志とは反対の言葉を口にした。
「いいじゃねぇか。国葬でも何でも、おもいっきり派手なのにしろよ。フレンのダチのオレが許す」
「…しかし───」
「アイツはいつも遠慮し過ぎなんだよ。死ぬ時くらい、ドンと派手にやりゃいいじゃねぇか。アイツはそれくらいのことはしたんだ」
「当たり前だ!…当たり前だが───やはり故人の遺言に背く訳には…」
「なあに。呪いならオレが一手に引き受けてやるさ。ま、アイツがそんな女々しいことをするとは思わねぇけどな。…ざまあみろってんだ。これも来世のいい薬になんだろ」
その言葉に、ソディア達は顔を見合わせた。だが、やがて頷き、葬儀の手配を始めた。
彼女がフレンの命に逆らった、最初で最後の時だった。

ユーリは窓の外の空に手を伸ばした。深く、高い空に。届くはずもないのは、よくわかっているのに。
「………オレが死んだら、おまえと一緒の墓がいいな」
ユーリは空に語り掛けた。
鐘が鳴った。弔いの鐘は鳴り止まず、葬儀は国を挙げての国葬となった。ユーリはざまあみろと泣き笑った。この鐘がもう二度鳴ったら、彼の灰をバウルから撒きに行く予定だった。フレンの最期の願いを、ジュディスもバウルも快く聞き入れてくれた。
瞳を閉じると、真っ暗な闇が訪れた。その闇の中で、フレンは、昔から変わらない眩しさで笑った。









2011.12.21 掲載



 



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