Bury at sky. 





※バッドエンド注意。










開け放した窓から吹き込んでくる微風が、心地よかった。ユーリは、髪を揺らすそれに僅かに目を細めた。傍らのフレンが、からかう様に笑った。
「昔のユーリなら、こんな風にひなたぼっこなんて、嫌がっただろうな。君はいつも忙しなく動いてたから」
「なんだよ。人を落ち着きのないガキみたいに言うなよ」
「実際そうだったろう?下町に住んでた頃も、毎日無茶やって、騎士に追い回されてさ。でも、それまでは、まだマシだった。帝都を出てからは、無茶のレベルが世界規模になって………後始末をするのも大変だったよ」
「今はだいぶ大人しくしてるからいいだろ?おまえは昔からしつけぇんだよ。歳取ってからは、輪をかけて陰険になった」
「君は元来の減らず口が更に酷くなったからな。よく新入りの子をからかってるそうじゃないか。あまり憎まれ口ばかり叩いていると、嫌われるぞ。偏屈な奴だってさ」
フレンがそう笑うと、ユーリが頭を掻いた。降参の合図だ。フレンの笑みが更に深くなった。
「………オレらも歳とったよな」
「いきなり何を言い出すかと思えば」
「だってそうだろ。全身ガタが来てやがる。最近、身体が固くて仕方ねぇんだよな」
「若い頃、世界規模で無茶やったツケだよ」
「ヘラクレスに船ぶつけたおまえに言われたくはない」
「…あの時は夢中だったんだよ」
フレンが恥ずかしそうにそう言った。ユーリはくっくっと笑ってやった。
「顔に似合わず、そういうとこは無駄に豪快なんだよな。ボアと一緒でさ」
「魔物と一緒にするなよ。過程はどうあれ、結果は出したんだ。それでいいだろ?」
「ま、そりゃ、そうだ。今じゃ、あれも偉大なる騎士、フレン・シーフォの武勇伝ってな」
「………」
その言葉に、フレンは僅かに目を伏せた。
フレンは、数年前に騎士団を退いていた。かつてのドレイクの様に騎士団の目付け役にもならずに、現在は下町で気ままに暮らしている。ソディアや周りの人間は、騎士団に残る様に強く訴えたが、フレンは頑なに拒み続けた。今では、騎士として国に仕えた日々は、遠い過去の思い出だ。
「なあ、ユーリ」
「何だ?」
「僕は………立派な騎士になれただろうか」
「何言ってんだよ。おまえ、今じゃ歴史に名を残す英雄だぜ?みんな、おまえのこと───」
「──名誉なんてどうでもいい。そんなものが欲しくて、剣を取った訳じゃない。………君なら、わかるだろう。僕の生涯を間近で見てきた、君なら」
「………」
フレンは真摯な瞳でユーリを見つめた。反対にユーリは俯いた。
しばらく、静かな時間が彼らに訪れた。ユーリはその一秒一秒を、しっかりと噛みしめながら消化していった。
ふいにフレンが口を開いた。
「…僕はもう戦えない」
「………」
ユーリは何も言わなかった。無言を返事とした。それに促されたかの様に、フレンは更に言葉を連ねた。
「それを悟って………僕は逃げたんだ。皆の足手纏いになりたくなくて、戦場で誰にも看取られずに死ぬのが怖くて―――剣と共に死ぬ覚悟だったのに、騎士団を辞めたあの日から、僕は剣を捨ててしまった」
フレンの瞳は、強い悲哀の色に染まっていた。視線の先には自分の手のひら。片時も肌身離さず身に着けていた、硬くて冷たいあのガントレットの感触が、今は薄れかけていた。
ユーリはフレンの背中に手を回し、軽く叩いた。
「…背中に痣はあんのか」
「え?…ないけど」
「…ほらみろ。おまえは立派な騎士様だ」
ユーリは笑った。フレンが目を瞠る。
「帝国騎士団を辞めようが、剣を捨てようが、んなこた関係ない。志に置いては今もおまえは騎士だ。おまえのおかげで、いろんな奴が救われた。…過程はどうあれ、結果は出したんだ。それでいいだろ?」
「…ユーリ…」
「もしおまえを悪く言う奴がいたら、世界の果てまで行ってでもぶん殴ってやるよ。こっちにはバウルがいるからな」
そう言うと、フレンが笑った。眩しいくらいのその笑顔は、昔からちっとも変わらない。
「僕は世界一の幸福者だ。地獄耳で、友達想いの親友に恵まれた」
「今更気付いたのか?オレは昔からそうだったぜ」
「そうだね。ごめん」
笑顔のまま、フレンが詫びた。
再び沈黙が彼らの世界に訪れた。窓から射し込む陽光が心地よく───フレンがうとうとと微睡んでいるのにユーリは気付き、一瞬目を眇めた。しかし、すぐにいつもの調子で笑った。
「おねむの時間か?」
「ん………ちょっと、眠い…」
フレンは目を擦りながら答えた。ユーリは笑顔のまま、促した。
「寝ろよ。時間になったら起こしてやるから」
「本当?」
「…ああ」
ユーリは、最後の嘘をフレンに吐いた。
フレンがふわりと笑った。
「………ありがとう」
そう言って、フレンはユーリの肩に凭れかかった。しばらくして、すぅという寝息が聞こえた。ユーリは静かに笑った。
「………サンキュな、フレン。オレこそ、世界一の幸福者だった」
そう言って、ユーリは彼の髪を優しく撫でた。
傍らで、少しずつ弱くなっていく心拍。それをユーリは敏感に感じ取っていた。今、安らかに命の焔が消えようとしている。
やがて、完全に鼓動は聞こえなくなり───傍らの寝息は消えて、フレン・シーフォは息を引き取った。
「おやすみ。良い夢を」
ユーリはそう笑って、彼の額に別れのキスを落とした。その表情は安らかで、寝顔の様にあどけなく、そして美しかった。
だから、ユーリは涙を見せずに彼の傍らを去る。それが精一杯の虚勢だと、彼に見透かされていたとしても。
「…またな」
その言葉を手向けとし───ユーリは部屋を去った。彼の前では涙を見せられない。
主を喪った部屋は、変わらずに春の陽光に満たされていた。
空には、彼の瞳と同じ蒼穹が広がっている。










Bury at sky.
(ご苦労さん。疲れたろ?ゆっくり眠れよ。…おまえはオレの誇りだぜ、親友)






2011.12.21 掲載



 



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