博愛主義の弊害3 





ピー、ピーという電子音と、ラピードの吠える声で我に返った。見れば、もう生地が焼き上がったらしかった。
「…大丈夫だって。すぐにいい女が見つかるからさ」
オレは心にも思っていない気休めを吐いて、立ち上がった。これから生地を冷まして、その間にフルーツを切って───やることはまだまだあった。全ては美味い菓子のため。
「僕は真剣に悩んでるんだ」
フレンが拗ねてそう言った。オレはミトンをつけて、オーブンから生地を取り出した。フレンの髪と同じ色の生地。なかなかの出来だ。
「だから、真剣に相談乗ってやってるだろ」
「嘘吐き。目の前の菓子に夢中じゃないか」
「んなことねぇよ。………てか、そもそも悩む必要あるか?」
「え?」
「おまえ、別に女いなくても不自由しないだろ。この前、彼女からのデート断って、オレと買い物行ってフラれてたじゃねぇかよ」
「あ、あれは、前から約束してただろう?掃除機が壊れたから見に行くって………」
「で、恋人より友人をとったんだよな、おまえ。ほらみろ。別に女なんて、いてもいなくても関係ないじゃん」
「………でも、同じ過ちは繰り返しちゃいけない。僕に原因があるんなら、それを見つけて直さなきゃ………」
相変わらずの生真面目な発言に、オレは肩を竦めた。不毛で不実なこと、この上ない。
オレは切り分けたイチゴを一切れ放り込んだ。酸味ばかりが目立って不味い。ラピードが、“摘まみ食いするな”と吠えた。ハイハイと頷き、包丁を仕舞って、作業に戻った。
フレンにとって、『好き』と『愛してる』は同符号で繋がるものらしい。フレンは、恋愛感情と人間的好意に大差はないと勘違いしている。その証拠に、告白されても簡単に頷くし、恋人に対する執着が薄い。じゃなきゃ、短期間で女をとっかえひっかえするなんてアバズレ紛いの行為、このバカ真面目がする訳ない。
だから、フレンにとっては嫉妬なんて、不和の花を咲かせる種でしかない。大概の人間は、恋人に妬かれると嬉しがるものだが、フレンは嫉妬という感情が知識として以外、具体的に掴めないでいる。
故に、フレンが実感をもって嫉妬を知るまでは、この連敗記録が途絶えることはないだろう。いやはや、長所と短所は本当に紙一重だ。
オレは生地に手を当て、生地が冷めたことを確認した。上に生クリームを塗り、フルーツを敷き詰める様にバラ撒いた。そして、慎重に、かつ少し強引気味に巻いた。
「ふぅ」
息を吐き、ロールケーキを切り分けて皿にのせた。これも我ながらいい出来と言える。
「ほれ」
フォークを添えて、フルーツロールの乗った皿を差し出した。顔を上げるフレン。
「これでも食え。そんで、嫌なことなんか忘れちまえよ」
「ユーリ…」
フレンはしばらくロールケーキを見つめた後、皿を受け取った。切り分けて口に運ぶと、
「…美味しい」
ふわりとそう笑った。やっと笑顔が見れた。
ラピードには、犬用クッキーを皿に入れてり、オレも自分の分を手に、フレンの隣に座った。
「これ、すごく美味しいよ、ユーリ」
「そりゃ当たり前だろ。愛情込めて作ったからな」
“愛情”の部分に力を込めてそう言うと、フレンがまた笑った。オレはふわふわな金髪を軽く叩いた。
「そうそう。おまえは笑ってろよ。せっかくの男前も渋面じゃ台無しだぜ」
「………ありがとう、ユーリ」
フレンはそう言って、オレの肩に頭を凭れかけてきた。昔と変わらない無意識の甘えん坊に苦笑しながら、オレは肩を抱いてポンポンと叩いた。
意気消沈したフレンのために、全体的に甘さは控えめにした。傷心した時には、優しい甘さの菓子が一番。
フレンが恋を失った時、オレはこうして菓子を作り、慰めてやる。オレにできることはそれぐらいしかないからだ。
どんな女と付き合っても、結局最後にはオレの下へ帰ってくる───その事実さえ揺るがなければそれで構わない。オレはコイツを、砂糖漬けした果物の様に、甘やかしてやりたいだけだ。
無条件の愛は、エゴと紙一重だが、コイツと付き合う女は、もう少しそんな愛し方を知るべきだ。欠点すらも包み込む深い包容力は、それこそ女の持つ母性の専売特許ではないか。
つくづく女運がない哀れな朴念仁は、ぼんやりと、
「…愛情って難しいよ」
と呟いた。
今まで無条件に受け取っておいて、何を今更と胸中で苦笑する。悩むのは勝手だが、あまりにも天然で気付かれないのもシャクだ。こんな哲学、簡単だろう。答えはおまえの手の中にあるじゃないか。
愛のない言葉が心に響かない様に、愛のない行為が意味を持たない様に───愛のない料理が美味い訳がないのに。




▼何気に続きます、これ。ユーリは今の距離感に満足してるんで、当分は自分から告白したりしないだろうなー。 



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