博愛主義の弊害2 





あれは確か、二年くらい前の話だ。フレンには当時、付き合っていた女がいた。何処で知り合ったのか、5つくらいは年が上の、金持ちそうな女だったのをよく覚えている。
その日、オレはバイトが休みで、部屋でガトーショコラを作った。フレンも休みだったのだが、その女とデートに行っていた。
我ながら上出来で、早速食べようと思っていたその時───突然、玄関のドアが派手な音を立てて開いた。フレンがフラれて帰ってきたのかと思ったが、アイツはどんなに苛立っていても物に当たったりしない。なら、誰だと思案を巡らせようとしたのだが───その必要はすぐに無くなった。音の原因が、リビングに現れたからだ。
「………」
無言で睨んできたのは、20代半ばくらいの女。知的な美女だが、いかんせん気が強そうで取っつきにくそうだ。しかも、敵意剥き出しでオレを見ている。
「…土足でずかずか上がり込むなんて、あんたどこの女泥棒だよ。インターホンは壊れてないはずなんだけど」
「泥棒はあなたでしょう。人の恋人を寝盗った泥棒猫に会うのに、礼儀なんて必要ないわ。…簡潔に言う」
女は赤いルージュを塗った唇を、再び開いた。
「彼と別れて」
「は?」
オレはポカンとした。きっとさぞかし間抜けな顔をしているのだろうが、そこまで頭が回らない。事態を整理するので一杯だった。
(何言ってんだ、この女?)
怪訝に思い、オレは思いっきり眉を顰めた。
まず、オレはこの女を知らない。何故、こんなに睨まれているのかすら、よくわからない。
その上、この女は“泥棒猫”と言った。どうやらオレを指して言った言葉らしい。
そして、女はこうも言った。「彼と別れて」なんて。
“彼女”ならまだわかる。今、現在オレには付き合ってる女なんていないが、それでも百歩譲って、代名詞が女を指すものならわかる。
しかし、“彼”とはどういうことだ。もちろん、今、現在オレには付き合っている“男”もいない。…なのに───。
ぐるぐると思考回路が不毛な働きをする中、また玄関のドアが開く音がした。肩で息をしながら、現れた音の原因は───
「フレン!!」
───幼馴染みにして同居人だった。オレは面食らった。
フレンは、膝に手を起きながら荒い息のまま、女を見た。
「ち、違うんだ………誤解なんだ、本当に」
オレはグラスに水を注いで、フレンに渡した。フレンが礼を言い受け取ったが、女が睨んできた。
───ああ、そういうことか。般若の面した美女に睨まれる謂れが、ようやくわかった。
「ユーリは、関係ない!」
「関係あるわ。あなたは黙ってて」
ピシャリと女はフレンを睨んだ。その表情のまま、女がこちらに向き直った。
「彼から聞いたわ。あなた、彼と一緒に住んでるんですってね。…別に彼がどんな趣味を持ってても、私は構わないわ。それは彼が偏見を持たないことの現れで、美徳と言えるから。…けど、それとこれとは別問題よ」
「いや、フレンの言う通り、誤解だって。別にオレ達はそんなんじゃない」
オレの否定にも、女は懐疑の目でこちらを見てきた。聞く耳を持つ気はないらしい。
「友達として会う分には構わないけれど───もう彼と一緒に住まないで」
「はぁ?何であんたにそんなこと言われなきゃならねぇんだよ」
「だっておかしいじゃない。…恋人の私を差し置いて、一つ屋根の下で同居なんて…っ!!」
女は歯を軋ませて、そう言った。とどのつまり、オレに妬いているらしい。鼻で笑いたくなったが、実行した暁には殺されかねないかも知れないので、黙っておいた。キッチンのまな板の上には、包丁がある。激昂して、刺されたら敵わない。嗚呼、こんなことなら、用が済んだら仕舞っておけばよかった。
「オレに出ていけっての?冗談は止してくれよ、おねーさん。大体、フレンと同居してんのも、稼ぎが少ないからってだけだし。ルームシェアだよ。海外じゃ普通だろ」
「海外ならね。───彼のためならお金なら惜しまないわ。私は彼を愛してるもの。…これだけあれば引っ越し資金になるでしょ」
そう言って女はブランド物らしきハンドバッグから、茶封筒を取り出した。その厚さときたら、3センチはありそうだ。オレは顔を背けた。
「いらねぇ。…やましいことは何もねぇよ。なのに、何であんたに交友関係まで干渉されなきゃいけないんだ」
「この人がそうさせるの。…誰にでも笑顔振り撒いて───これじゃ独占できないじゃない」
女はフレンを見ながら言った。当の本人は困惑しきっていた。すっかり振り回されっ放しの様だ。…何なんだ、この三角関係(捏造)。
オレは嘆息した。女はフレンを愛していると言ったが、所詮は女が掲げるその愛など、ただのエゴでしかないことを悟った。
「…あんた、一体、フレンの何に惚れたんだ?」
オレは視線を鋭くして女を睨んだ。女は取り合おうとしない。
「何であなたにそんなこと言わなきゃならないのよ」
「あんたが、フレンのこと、何もわかっちゃいないからだ。…コイツが好きなら、コイツの全部まるごと引っくるめて愛してやれよ。コイツが誰にでも優しくすんのも、長所じゃねぇか。コイツに惚れる女のほとんどが、そういうとこを好きになるんだぜ」
「………」
「足りない部分は補ってやればいいだろ。欠点も含めて愛してやる度量がないなら、あんたの愛の深さってのは所詮その程度だ。コイツとは相性最悪。縁がなかったってことだと思うけど」
「ユ、ユーリ!」
フレンが名前を呼ぶが、オレは事実を言い捨てたまでだ。そっぽを向いた拍子にふとテーブルを見ると、ガトーショコラがあったことに気がついた。すっかり存在を忘れていた。くそっ、フレンを巡って鞘当て(捏造)をしている場合じゃなかった!
オレがチラチラとガトーショコラを見ていると、女は静かに部屋を去っていった。フレンが呼び留めるが、振り向きもしない。
やがて玄関のドアが閉められ、部屋には静寂が訪れた。フレンはしばらく茫然としていたが、やがて目を伏せた。
「………」
気まずい空気が流れた。そこで、オレはハッとする。つい持病の発作(ほっとけない病)が出てしまい、余計な口出しをしてしまった。
「あー………ガトーショコラ、食うか?」
オレはたまらずそう言った。フレンが顔を上げた。
もう当分ガトーショコラは作れそうになかった。




next 



[目次]
[しおりを挟む]



main

Top

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -