少年と女神 





チャンピオンの間に続く重厚な扉から現れたのは、私が予期せぬ人物だった。
黒髪の見慣れぬ少年だ。最早常連と化している、コウキくんやヒカリちゃんではない。室内でも帽子を深く被り、鋭さを帯びた赤い目は、つばの影の下で燦然と燃えている。まだ子供と呼んでも差し支えない年頃の様だが、その幼さとは裏腹に、対する者を緊迫させる、苛烈な印象を、私は受けた。彼が持つ独特のオーラが、この部屋の空気をガラリと変える。
久しぶりの新たな強者の登場だ。私がいるこの部屋まで来れる人物など、本当に限られている。四人の四天王を連続で倒し、その先に、最後の壁として、私が立ち塞がる。並みのトレーナーでは、ここに来る前に倒されてしまう。この威圧感が物語る様に、彼は相当な実力者の様だ。
子供だからと侮る気は私にはないが、これは一瞬も気を緩めてはならないと長年の勘が告げていた。おそらく、ヒカリちゃんやコウキくん達より、強い。相当な場数を踏んでいるのだろう。歴戦の猛者と呼ぶに相応しいトレーナーの様だった。
「…マサラタウン、レッド」
出身地と名前を名乗った少年は、こちらをじっと見据えている。どうやら私が本当に強いトレーナーなのかどうか、値踏みしているらしい。これは随分と嘗められたものだ。私は内心で苦笑しつつ、彼を出迎えた。
「遠路遙々、ようこそ、シンオウリーグに。私はシロナ。このリーグのチャンピオンよ。普段は───」
「前口上はいいから、バトルを始めようよ」
私の自己紹介を遮って、うんざりとした様子で、彼はそう言った。少し機嫌を損ねてしまったらしい。強い威圧感とは裏腹に、中身はまだ子供の様だ。
「あら?お喋りは嫌いかしら?」
「…トレーナーなら、これで話そうよ」
少年は、ボールを手にとった。彼にとっての言語は、ポケモンバトルという訳か。
「…いいわ。あなたの言う通り、トレーナーらしくバトルで話しましょう」
私がボールを手にすると、少年は笑った。ニヤリと、さも嬉しそうに。
少年が、ボールからポケモンを繰り出す。
「行け、ピカチュウ」
中から飛び出したのは、シンオウでも馴染みのあるポケモン・ピカチュウだった。出てくるなり、彼のピカチュウは、すぐに臨戦態勢に入る。パチパチと頬から電気を迸らせるその姿は、気力十分と言えそうだ。
私もボールを高く投げる。中から現れたロズレイドに、少年は帽子の奥で僅かに目を輝かせた。
「ロズレイドを見るのは、これが初めて?」
私の言葉に、少年が頷く。ふふっと私は笑った。
「いいわ。存分に見て行きなさい。シンオウリーグトップの実力、教えてあげる」
少年が口角をつり上げた。合格と言っている様に見えた。彼の中で、私は強いトレーナーであると、認めてもらえたのだろう。
正直、私も退屈していたところだった。ここを訪れるトレーナーは、最近では、コウキくんかヒカリちゃんのどちらか。二人共、四六時中暇という訳ではないので、自然と私は時間を持て余し続けていた。
まさか、こんなトレーナーにお目にかかれるだなんて、思いもしなかった。こんなにもトレーナーとしての血が騒ぐのは、あの二人以来だ。
「さあ、始めるわよ!!」
私の言葉に、戦いの火蓋は切られた。いつもの戦いとは、一味も二味も違うバトルが味わえそうだった。





▼元拍手文。



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