死が彼らを捕まえるまで 





※シロガネ山のポケモンをレッドさんが葬る話。







「…」
ヒメグマが、白銀の絨毯の上に横たわっていた。触れると、冷たい。既に体温は存在しなかった。
たまに、本当にたまにではあるが、こうしてポケモンの死を目の当たりにする。大抵、レッドが気付いた時には、それはもう手遅れで、どうにもならない。中には腐敗が進んで白骨化しかけたものもあった。
過酷な環境で、命は振るいにかけられていく。ポケモンの親は、劣った遺伝子を持った子を見分け、育児放棄すると聞いたことがある。親に見限られた子は、次に群れや仲間から迫害に遭い、最後は世界から見捨てられて死んでいく。これは子供に限らず、足手纏いな年老いた個体にも言えることだった。
レッドにできることはほとんどなかった。
シロガネ山のポケモンは、決して人に馴れない。その上、下手に施しを享受しようものなら、そのポケモンは、群れどころか山中のポケモンから村八分にされる。それがここのルールだ。
自然の摂理。ここで生きていくなら、それは守らなければならない。
自分の無力さも十分承知している。手持ちのポケモンがいなかったら、自分はとっくの昔に野生ポケモンに襲われるか、凍えるかして死んでいる。世間では、人間が我が物顔で闊歩しているが、その人間であるレッドには、小さな命一つを救うことさえできない。
それでも、何かできることはないかと、手を伸ばすのがレッドだった。それは、トレーナーとしての本能とも言うべき、ポケモンへの庇護欲。ポケモンを愛すこと、ポケモンを見捨てないこと、ポケモンを守ること、ポケモンと助け合うこと…レッドにはこの全てが当たり前のことだったし、その愛情は、彼の仲間のポケモンだけに向けられるものではなかった。
レッドは、ボールからポケモンを全員出した。中から現れた仲間達は、一様に鳴き声をあげた後、レッドの足元を見て呼び出された理由を知った。
「このままじゃ、可哀想だ。みんな、手伝って」
レッドの呼び掛けに、ポケモン達は素直に頷いてくれた。
無力だけど、何もできない訳じゃない。できることの中から、最善を取捨選択する。この旅でいつもしてきたことだった。
ポケモン達が掘ってくれた穴に、ヒメグマをそっと置いた。先日埋葬した年老いたメスのドンファンに比べると、そう大して時間はかからなかった。その時間の短さが、とても悲しい。
ここ数日は吹雪が続いていたため、亡骸はそう傷んでいなかったのが、レッドにとっての救いだった。腐敗した亡骸を葬るのは、精神的にも肉体的にも骨が折れる。…嘔吐を繰り返しながらでも、彼は埋葬するだろうが。
ヒメグマの亡骸に、土を被せようとしたところで視線を感じ、レッドは振り向いた。そこには、強そうなリングマがいた。おそらく群れの長なのだろう。襲いかかるでもなく、レッドを見ている。
「ピィカ―――」
ピカチュウが、頬から電気を迸らせて威嚇した。レッドはそれを制す。
「大丈夫だよ、ピカチュウ」
「ピカ…」
レッドに止められ、ピカチュウは威嚇を止めた。依然としてリングマはこちらを見ていた。
リングマは、レッドが余計なことをしないか見張っている。余計なことというのは、レッドがヒメグマを見捨てたことを怒って、リングマの群れを襲わないかということだ。
無論、レッドにはそんな気はなかった。人間の自分と、彼らでは価値観が違う。
『どんなに劣った遺伝子を持っていても、育て方次第でポケモンは強くなる』。それがレッドの持論だ。現に、驚異的な強さを持つレッドの手持ちの中で、生まれつきの個体値に拘ったポケモンは、一人もいなかった。
けれどそれはレッドが人間のトレーナーだからで、野生のポケモンの彼らに、その考えを押し付けるのは、何か少し違うと思った。
彼らと自分の間には、不可侵の領域というものがある。そこを侵す様な真似をしなければ、彼らは攻撃してこない。これからもシロガネ山で修業をするのなら、そこは守らなければならない。
墓を作るくらいなら、彼らは許してくれる。けれど、そこから超えた時のための監視役が、このリングマという訳だ。
ヒメグマを穴に埋めた後、リザードンが墓石に手頃な岩を持ってきてくれた。
「ありがと」
小さく礼を言って、頭を撫でた後、岩をその上に載せる。そして、全員でしばらく黙祷を捧げた。
シロガネ山に来てからというもの、レッドは命を身近に感じる様になった。こうしてポケモンの死を直に目にして、死に触れて、考える。自分のポケモンにも、いつか別れの時が来ることを。ずっとずっと一緒にいたいけれど、そんな願いが叶わないことを。
「ピカチュー」
ピカチュウが、レッドのズボンの裾を引っ張った。そして、バンザーイと両手を上げて、人間の子供の様に抱っこをねだる。苦笑してピカチュウを抱え上げると、他のメンバーもレッドにすり寄ってきた。
「今日はやけに甘えん坊だね」
苦笑しながら、一人一人の頭を撫でた。すると嬉しそうに鳴き声をあげる。
「…ありがとう」
レッドは俯いて小さく微笑んだ。
別れはくる。必ず。けれど、その時まで、まだ時間はある。最期の時まで、ずっと一緒にいよう。片時も離れず。
死を身近に感じながら、レッドは胸中でかたく誓った。






死が彼らを捕まえるまで
「一緒に生きよう」











▼「レッドさん、シロガネ山にいる間何してんのかなー」と疑問に思って書きました。土葬です。続編書きたいけど、ネタがあんま…



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