少年と竜使い 





※シロナとレッドの話の続編のようなもの。レッドとワタル。シリアス通り越して少し悲しい。





「え? 俺と戦いたい?」
 俺はレッドくんの突然の申し出に面食らった。レッドくんが頷く。俺は苦笑した。いきなりセキエイリーグの入り口で捕まえられて、何を言い出すかと思えばこれだ。
「おいおい、冗談は止してくれ。君は殿堂入り経験者だろう。今更俺と戦ったって、何にもなりはしないじゃないか」
「あなたと戦ったのは、あなたがまだ四天王の一人だった時のことだ。……あれから三年。あなたもチャンピオンになって、随分と強くなったはずだ。今のあなたの実力を俺は知らない。だから知りたいと思う」
 言葉尻はなんとなく幼げなのに、帽子のつばで翳るその瞳はギラギラと赤く燃えている。この瞳は貪欲に強さを求める者の目だ。ああ、彼のこんな瞳を見るのはいつ以来だろう。俺やグリーンを倒してチャンピオンになり、ヒビキくんに倒されるまでの間、彼の瞳はまるで褪せたような色をしていた。灰色に近い赤。それがこんなにも生き生きと燃えるとは、彼の意志の回復を純粋に喜ぶべきなのだろう。
 だが。
「実力って言ったって……君もわかっているだろう。ヒビキくんに俺は負けた。彼らが旅を続けたいと言うから、俺はチャンピオンの座にいるだけで、本当ならリーグから追われてる。彼らのお情けで、俺は今ここにいるんだ」
「……」
 俺の言葉に彼は眉を思いきり顰めた。どうやら俺の言葉が気に入らなかったらしい。かといって俺も彼の機嫌をとるつもりはないので気にしないつもりだった。
 レッドくんがこちらに背を向ける。肩越しにこちらを見て言い放つ。
「……わかりました。じゃあ、別の方法を考えます」
「別の方法?」
 訝った俺に彼はええと頷いた。彼の前にあるのは、ポケモンリーグ挑戦のための扉。
「チャレンジャーとしてもう一度、リーグ本部に挑みます。それなら、相手してもらえますよね?」
「なっ……」
 俺は目を瞠った。バカを言うなと声を荒げる。
「何を言っている!? 確かに君の言う通り戦えはするが、その方法じゃ試合は非公式扱い。記録には残らないし、発表も──」
「そんなもの、どうだっていい」
 彼は俺の言葉を遮った。その顔が苦しそうに歪む。
「記録? 殿堂入り? ……それが何だ。そんなもの、強さなんかじゃない。俺はあなたとバトルができるなら何だっていい」
「レッドくん……」
「……この三年間、シロガネ山で修行を積んできた。頂点の座とやらを、維持し続けた。でももしかしたらそれは無駄だったんじゃないかって……俺は無駄な時間を過ごしたんじゃないかって……」
 彼のグローブをした手に力が込もる。ぎゅっと握りしめた手が僅かに震えている。
「俺のしてきたことが無駄じゃなかったと確かめたい。本当に自分は強くなったのか──俺は俺を試したい。……それのどこが悪いんですか」
「……」
 ちらりとこちらを見る目はやはり苛烈で、彼の己に対するストイックさが垣間見えた。
 誰がこんなトレーナーを生んだのだろう。幼い少年のひたむきさをねじ曲げ、強さだけが全てだと教え込んでしまったのは一体誰なんだろう。“最強”というあまりにも漠然として霞んでしまいそうな目標のために彼は必死だ。それだけが自分の存在意義なのだと信じ込んでしまっている。
 終わらせてやらなければならない。リーグに勤める者として、トレーナーとして、大人として、彼のジレンマを止めてやらなければ。
「……いいだろう。相手をしよう。ついてこい」
 歩き出した俺に彼の顔が一瞬晴れる。それが少しだけ救いに思えて、その時の俺は愚かにも彼を救ってあげられる人間なんだと思っていた。

 そして戦った後、去って行くその背中を見て、彼を救うには強くなくていいんだよと言って抱きしめてあげるだけでよかったと気付いた。気付いた時にはもうここに彼の姿はなかった。



[目次]
[しおりを挟む]



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -