君の寝顔に悪戯
※過去拍手文。赤緑? いたずらするレッド。
とある平日の昼下がり。レッドは久しぶりに、シロガネ山から降りることにした。相棒のピカチュウがグリーンのイーブイに会いたがっているみたいだったし、そろそろ下山しないとそのイーブイのトレーナーであるグリーンがうるさいので、久しぶりにトキワシティのジムに顔を出しに行った。
裏口から入っても、受付にいた女性はそれを黙認してくれた。たまにグリーンを訪ねてくるから、顔をおぼえられたのだろうか。
肩に乗ったピカチュウが受付の女性に挨拶した後、記憶を頼りにジムの廊下を歩く。この時間帯なら、おそらく事務作業をしているはずだ。
執務室の文字が表記されている部屋を、ノックなしに開けた。普段ならドアを開けた瞬間にノックをしろと咎められるのだが、今日はそれがなかった。
「…寝てる?」
「ピカ?」
目に入ったのは、デスクの上に突っ伏して、ぐっすりと眠っているグリーンの姿。どうやら書類を書いている最中に眠ってしまったらしく、手にはペンを握り締めている。
「…」
レッドは寝ているグリーンに近づいた。長い睫毛や鼻筋が通った端正な顔立ちは、世の女性を恋に落とすには充分な程美しいが、この寝顔はいささか間抜けに見える。
「せっかく顔を出したのに」
呟いて、机の上に腰掛けた。グリーンが突っ伏しているすぐ側にある書類を一枚手にとってみるが、レッドにはさっぱりわからなかった。強いトレーナーと戦えるのは魅力的だが、こんな面倒な事務仕事は御免だ。以前来たリーグからの誘いを蹴って正確だと思った。
レッドは、昔の様な柔らかさが消えたグリーンの頬を指でつついてみるが、彼は少し身動ぎしただけでまったく起きない。ここ最近忙しくて山にも来れなかったみたいだし、かなり疲れているのかもしれない。
「…帰ろうかなぁ」
白い壁紙の天井を仰いで呟いた。グリーンに会いに来たのに、本人が眠っているのでは意味がない。だが、このままでは、自分が来たことをグリーンは知らないままだ。後日顔を合わせた時に、説教を食らうのは目に見えている。
「…あ」
レッドが目を付けたのは、机上にあった油性ペン。手にとりキャップを外すと、肩に乗った相棒に笑いかける。
「いいこと思いついた」
「ピカ?」
首を傾げるピカチュウに降りてもらうと、レッドはペンを使って露わになったおでこに、何やら落書きをした。キャップをつけ、よしと呟くと、机の上に立っていたピカチュウに帰るよと声をかけた。
「イーブイにはまた今度会いに来よう」
「ピカ!」
ピカチュウが笑顔で頷いた。レッドは微笑み返し、執務室から出る。
グリーンの額には、『緑』とだけ書いた。ジムの人間がこんなことするはずもないし、長い付き合いだから筆跡を見れば誰が書いたのかすぐにわかるだろう。あと数十分もすれば、目を覚ましたグリーンがジムトレーナー達に大笑いされるはずだ。
胸中で密かにほくそ笑んで、レッドはジムを後にした。
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