テツヤが泣いている。それはもうぼろぼろと涙を零して。
先程、つい40分くらい前。テレビに夢中なテツヤに風呂はどうすると聞いたところテレビの方を向いたまま先にどうぞと言われた。僅かに腑に落ちない気持ちにはなったが仕方がないので先に入ってきた。
入れと言いかけた瞬間、テツヤの異変に気づいた。綺麗な水色の瞳から涙を零している。

「…あ、赤司君、」
お見苦しいところをすみません、なんて言いながら目を擦るテツヤに吃驚して声も出ない。なんで泣いていたのか、と問うとテレビを見て感動したらしい。

「ノンフィクションのドラマが入ってて…つい、涙腺が緩んで」

テレビを見るとエンディングにさしかかったドラマ。テツヤがこういうので泣くとは思わなかった、とそれらしいことを言ったら失礼ですねと言われた。

「ボクは赤司君みたいに血も涙もない人間じゃありませんからちゃんと泣きます」
「テツヤは僕をなんだと思っているんだ…」

冗談ですと言われて冗談じゃないと困ると返す。いつの間にかテツヤも泣き止み最後にもう一度目を擦って風呂に行こうとする。その手を掴み自分の方にテツヤを後ろから抱き込む。

「あ、赤司くん?」

案の定テツヤは吃驚していて、僕は何も言わずにテツヤを抱き込む力を強める。

「…テツヤが、いなくなったら、僕はー…」

自分が育ってきた環境上僕は人に弱みを見せることが苦手な人間になっていた。自分の心に固い殻をつくり、何があっても自分を守っていた。殻はぼろぼろだった。
そんなとき、テツヤに隙を見られた。いや、見せた。己を守ることが、限界だった。誰かに守って欲しかった。それは誰でも良いわけではなくて、テツヤに守って欲しかった。そして僕も、テツヤを守りたかった。

「…いや、なんでもない。引き止めて悪かった」

ぱ、と手を離す。別に僕は血も涙もない非道な人間じゃない。たまにだが泣くし、笑うし、ごく普通の人間だ。
でも、弱いと思う。自分は脆い。もし、自分の前からテツヤがいなくなってしまったら、自分は耐えられない。何か間違った道に進むかもしれない。
でもそれをテツヤに告げてはいけない。これ以上この背中に、何を背負わせるつもりだ。

「…………、赤司君」
「なに…」

ぐい、と着ていたシャツの襟を引っ張られる。すると必然的にテツヤの方に倒れることになるわけで、僕はテツヤに唇を奪われる。

「…何考えてるか分かりませんけど、」

唇を離してテツヤが僕の目を真っ直ぐ見て言う。

「君から離れるつもりは毛頭ありませんので覚悟しておいて下さい」

心に広がっていた真っ黒な靄が、すっと晴れていく気がした。テツヤは全部分かっている。僕が自分で思っている以上に弱いことも。こうやって中途半端に弱みを見せてテツヤを頼っていることも。ああ、敵わない。悔しい。けど、それでもいい。

「…テツヤ」
「はい」
「一緒に風呂入ろうか」
「は!?」

そう言えばテツヤは顔を真っ赤にしてこちらを見る。さっきの凛々しさはどこへ行ったんだか。

「何言ってるんですか馬鹿ですか」
「あれ、僕本気なんだけど」
「赤司君はさっき入ったでしょう」
「いいじゃないか細かいことは」
「よくないです!」

相変わらず真っ赤な顔をするテツヤ。もう知りません、なんて言われてちょっと意地悪をする。

「そうか…テツヤが僕に対する思いはこんなものだったのか」
「は…?」
「僕に対する気持ちが大きければ風呂くらい一緒に入れると思うけど」

わたわたと慌てるテツヤ。可愛い。やはり踊らされるのは性に合わない。踊らすのが一番楽しい。

「覚悟しろって言ったのに結局はその程」
「分かりましたよなんでもしてやりますよ!!」

きた。やっと言ってくれた。
踊らされたのが分かったのかテツヤはやってしまった、という顔でこちらを見る。

「うん、テツヤ。一緒に入ろうか」
「え、や、ちょ」
「なんでもしてくれるんだよねテツヤ?僕嬉しいよ」

みるみるうちに後悔したような顔をするテツヤ。そんな顔しなくても怖いことなんて何もしないのに。

「テツヤ、好きだよ」

これ以上僕はテツヤに依存してはいけない。分かってはいるのに、ダメだ。目の前にいるテツヤが可愛くてしょうがない。テツヤを離さない、と言われてそうだねごめんと伝える。テツヤも、僕に依存してくれていると思う。依存して、依存されて。深みまで堕ちて僕もテツヤももう戻れない。

「好きだよ、苦しいくらい」

何も心配せずに、今を生きよう。好きだと伝えて、愛して。先のことは、また考えればいい。

「…はやく、」
「え」
「早く来て下さい」

一緒に入るんでしょう。
真っ赤な顔で言われて思わず笑みがこぼれる。
そう、まずは一緒に風呂に入ることだ。さぁ、どんな悪戯をしようか。






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