僕の見る夢はとても奇怪だ。
何故そうなのかって、理由は沢山あるのだけれど一番そう思う理由は、いつも同じ夢を見るからじゃないだろうか。

夢の中で僕は真っ暗な闇の中に一人立っていて、目の前には大きな階段がある。高さは霧がかかっているのでどのくらいあるか分からないが、恐らく高いのだろう。そして振り返ると一段後ろには僕がいて、いつも帝光のユニフォームを着ている。その僕はいつも何も喋らないし動かない。いつもそこに黙って立っていて、僕が振り返るとずっと僕を見つめる。僕はその瞬間が嫌いだ。見たくない過去がフラッシュバックして、言い表せない気持ちが溢れる。そんな中で見る後ろの僕は、どう考えても僕を嘲笑っているようにしか見えなかった。
僕がバスケ部をやめた日、またいつもの夢を見た。階段があって、でも高さは分からなくて、振り返ったら僕がいて。僕は後ろの僕を見つめた。夢の僕は小さく口を開いた。聞こえてきたのは当たり前だけど僕の声だった。

「辛いですか」

一言、そう聞かれた。辛いか、なんて君が一番分かっているだろうに。
バスケ部をやめたことは、最善の選択だと思っている。でも、胸に残るどうしようもない喪失感や後悔は、僕を傷つける。どうして夢の僕は僕にこう言ったのだろう。もしかして、現実の僕が誰かにそう言って欲しかったのだろうか。だとしたら僕は自分だけが可愛い最低な奴だ。
どうでしょうね、なんて戯けて僕は表情を歪ませた。

その日以来夢の僕は喋らなかった。別に会話をしたかった訳じゃないし、初めから期待してなかった。ただ、変わったのはあの日以来僕が後ろを振り返らなくなったこと。それが僕にとってプラスな出来事なのかマイナスな出来事なのか分からなかったけど、見つめられるのが辛くて逃げたということは確かだ。


ある日の夜、僕は早々にベッドに入り、目を閉じた。最近はいつも見るあの夢の所為で寝るということに嫌悪感があったのだが、今日はどうしても夢の僕に会いたかった。何故かって、今日が帝光の卒業式だったからだ。
僕は意識を遠くに飛ばした。すると段々あの高い階段が見えているから、恐らく後ろを見るとユニフォームを着た僕がいるのだろう。僕はゆっくりと振り返った。そこには僕がいた。すると後ろの僕はゆっくり口を開いて僕に言った。

「君は僕が嫌いでしょう。でも僕は君のことは嫌いじゃない。この階段には同じように僕の後ろにも僕がいるけど、僕も後ろの僕は嫌いだ。今でも、君は、僕が嫌いですか?」

初めて、そんなことを言われた。僕は、夢の僕のことが嫌いだったのだろうか。確かに、僕は後ろを振り返る度に喪失感も後悔も、見たくない過去もフラッシュバックしていた。それが嫌いだった。でも、僕は僕自体を嫌っていない気がする。分からない。僕は、僕のことが分からない。

「わかりません」

僕は小さく呟いた。夢の僕とは割と近距離なので僕がそう呟いたのを聞き逃さなかっただろう。
夢の僕はそうですか、と言った。怖くて俯いていたからどんな表情をしてるのか分からないけれど、そんなに怖い顔はしていなかったのでは、と僕は思う。

「僕は君のことは嫌いじゃありません」

夢の僕は最後にもう一度そう言って、姿を消した。登っていた筈の階段も消えてしまっていた。理由も分からないまま涙が出た。止めようとしたけど止まらなかった。たぶんそれは嬉し涙でも悔し涙でもなくて、僕が寂しく感じたからだと思った。


□ □ □


「…お前って、ホント食わねぇな」
「僕は燃費がいいと何度も言ってるじゃないですか」

あれから数ヶ月。もうあの夢は見なくなった。でも夢の中の僕の言葉は、決して忘れていない。否、忘れる気はない。今ゆっくり考えても、やっぱり僕は夢の僕を嫌いではなかった。でも、好きでもなかった。夢の僕は過去の自分で、僕は過去の選択を、過去の自分の考えも今では後悔が残っている。どうしてあんなことになってしまったのか。僕に力があったら、あんなことにはなっていなかったかもしれないのに。そうやって考えていた頃もあった。でも、僕が今こうしていられるのも過去の自分のおかげだから、嫌いにはなれない。寧ろ感謝している。そのことをもう一度夢の僕に伝えたい。けれど、きっともう夢の僕には会えない。夢の僕が今を知っているわけでも見ているわけでもないけど、僕は僕なりにたくさん悩んで楽しみながら今を過ごしていきたい。大切な仲間と一緒に。
それが、あの頃の自分の努力や葛藤が無駄じゃなかったことを証明できる気がする。

「あー食った食った」
「…君は悩みがなさそうで羨ましいです」
「馬鹿にしてんのか?黒子」
「本当のことを言っただけです」
「…仕方ねーだろ、頭ん中バスケでいっぱいなんだからよ」
「…そうですね、僕もです」


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