たとえば、

たとえば、この世界に自分のことを知っている人が誰も居なくなったとして、独りきりになったとき俺はどうするのだろう。

三万人。一人の人が、人生の中で何らかの関わりをもつ形で出会う人の数は、約三万人と言われている。この世に生を受けてまだ十数年しか経ってない俺が出会った人の数は、人生のうちたった約0.003%。0.003%でも、自分のことを知っている人がいるというのは、ほっとする。居場所があり、自分がそこにいていいのだと肯定されているような気分になる。常に俺はそんな気持ちを求めているのだと、最近知った。


□ □ □


「俺は寂しがり屋だな」

そう呟くと黒子は一瞬だけ体を固くし、そのあとすぐ俺の髪を梳いた。
今は俺の部屋にいて、親がいないのをいいことに黒子に泊まっていけ、と言った。黒子は驚いて目を丸くし、じっと俺の顔を見た。そのあと黒子は親に連絡した。
オレンジ色の空はどこにいったのか、もう真っ暗で空には星が散りばめられている。ベッドに座った黒子を押し倒して、そのまま胸にぎゅっ、と抱きついた。黒子は困ったようにため息をついて俺の髪を優しく梳いてくれる。聞こえてくるのは時計の無機質など秒針の音と、温かみをもつ黒子の心音だけ。

「…もしかして今更気づいたんですか?馬鹿ですね」

髪を梳く手は相変わらず優しくて、抱きしめている手に力を込める。くす、と黒子が笑う声が聞こえたから頬に少し熱がこもる。

「君はずっと前から寂しがり屋ですよ?少なくともボクは、君とこんな風になる前から君が寂しがり屋なことに気づいてました」

そんなに前から。口にも行動にも出さなかったがとても驚いた。それなら、紫原や緑間あたりは気づいているんじゃないだろうか。

「で?急にどうしたんですか。君ってば定期的にそうやって不安定になりますよね。考えすぎですよ」

返す言葉が何もなくて黙り込む。確かに、定期的に不安定になるのも考えすぎるのも理解している。いい加減にしなければ、と分かっているがこうやって黒子が俺を甘やかすから、俺はいつまでも黒子に縋っている。

「…三万人」
「は?」
「一人の人が人生で何らかの関わりをもつ形で出会う人の数だ」
「それが何か?」
「…俺は、そのうちの一人に過ぎないから、これから黒子にも俺より大切な人ができる」

俺のことを知っている人がいると、ほっとする。自分という存在を、肯定されている気分になる。
でも本当はそんなのどうでもよくて、ただ誰かに必要だ、と言って欲しいだけなんだと思う。できるなら、黒子に。
だから定期的に不安定になって、黒子に我儘を言って困らせて、優しく髪を梳いてくれる黒子にほっとする。だってこの時間は俺と黒子だけのものだから。

「…それだけですか?」

こく、と小さく頷く。背中に回した手で黒子のシャツをぎゅっと掴んで、黒子の言葉を待つ。いい加減呆れられただろうか。次第にシャツを掴んだ手は震えて、あからさまに拒まれる恐怖を伝えている。俺は狡い。こうすると黒子が何も言えなくなるのを知っててする。

「君は本当に…馬鹿ですね」

ちら、と顔を見ると黒子は怒っていた。びっくりして目を丸くしていると黒子はこう続けた。

「一応忠告しますがボクは今のところ君に何を言われても君から離れる気はありません。何をどう考えてそういう答えに行き着いたのか知りませんが、あまり不安がらないでください。こっちまで不安になります」

珍しく饒舌な黒子は早口で告げると俺を抱きしめる。いつものように優しく髪を梳く手とは思えないくらい力強く抱きしめられて、胸の奥がぎゅっと締めつけた。

「…あんまり、一人でどこかに行かないで下さいね」

そう言った黒子からはいつもの雰囲気は感じられず、頼りない一人の人間だった。ああ、俺は、こんなに黒子に無理をさせていたのだろうか。自分の勝手な想像で勝手に不安になって、どれだけ黒子に理想を押しつけていたのだろう。
俺が誰かに必要だ、と言ってほしいように、黒子も俺にしてほしいことはあったはずなのに。
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