◎フリーセルとピノクル1※φ脳 (2014/12/28) ※φ脳でフリピノ ※暗い ※続きます その瞬間どん、とフリーセルの体に大きな衝撃が走った。 何が起きたかわからないまま、フリーセルはその衝撃で2.3歩後退し、表情を取り繕えないまま衝撃の原因を見つめた。 そう、ピノクルがフリーセルの体を押したのだった。ピノクルも、何が起こったのか分からないと言った表情に、次第に焦りをうつしながらフリーセルから目をそらしていた。震える指先が、ひどく弱々しい。 あぁ、なんて滑稽。 腕輪の負荷であの頃の記憶は曖昧で、フリーセルはピノクルに何をしたのかぼやぼやとピントの合わない望遠鏡のような状態で今まで過ごしてきた。知らなくていいと思ったからである。それなりに酷いことをしたのだろうと自覚はあるのだが、よく思い出せないのだ。でも、そんなことを伝えなくてもピノクルはそばにいるとフリーセルは思っていたし、それは今でも思っている。ピノクルも承諾したことにより、フリーセルの腕輪の頃の記憶はピントの合わない望遠鏡のまま保管されていた。 だからこそお互いこの行動が理解できなかった。 元からその関係だったフリーセルとピノクルは、腕輪の負荷により歪んだ関係になっていた。それがフリーセルがピノクルにした「それなりにひどいこと」だった。 おそらくピノクルはその頃の記憶が消えず、腕輪が消えた今でも己に怯えているのだろうとフリーセルは思った。フリーセルを押したピノクルの指先はまだ震えていて、顔から汗がぽたり、と一粒落ちていった。 □ □ □ 「僕は君に何をしたのかわからないんだ」 フリーセルがそう打ち明けたとき、ピノクルの表情はなに一つ変わらなかった。おそらく想像していたのだろう、身体にも表情にも焦りや動揺、悲しみなど一切感じられることはなかった。 フリーセルは僅かに覚えていることをピノクルには隠した。なぜなら、断片的に見えるその記憶は、ピノクルが泣き叫んでいたり身体中にあざがあったりなどと、「それなりにひどいこと」はフリーセルの範疇を容易く超えていた。どうしてあんなにおぞましいことかできたのか、フリーセルは自分が恐ろしくてたまらなくなった。 僕が覚えていると知ったら、ぼくはピノクルを手放さなければならない、とフリーセルは感じていた。それがピノクルが望んでいなくとも、フリーセル自身がいずれピノクルを壊してしまうのではないかという恐怖にかられていたからだった。 「…そうかい」 ピノクルはそれしか言わなかった。 さすがに笑ってはいなかった。そして、そこには何の感情も入っていなかった。フリーセルは何も言うことができなかった。 ふと、ピノクルが右手で左腕を撫でた。そこが最後にフリーセルが痣をつけた場所だということは、フリーセルには分からないことだった。 □ □ □ 「……ごめ……ん……」 震える声でピノクルは言った。 今でもフリーセルを押した手はそのままの状態を保っていて、伸ばされた腕は小刻みに震えていた。 顔色は悪く、歯がかちかちと音を立てているのも分かる。 ピノクルは全身でフリーセルを拒絶していた。 ごめん、ごめんと戯言のように繰り返すピノクルを前に、フリーセルはなんとも言えない気持ちを抱いていた。 やはり、元に戻るというのは難しいことなのだろうか。 ピノクルのことは好きだ。だが、こんなことを続けていても、壊れていくのはピノクルだろう。 こんな状態になってまで、ピノクルに傍にいてほしいわけではない、とフリーセルは考えた。 「ピノクル」 びく、と大袈裟なまでに体を揺らしたピノクルにフリーセルは苦笑する。呼びかけただけでも、こんなに怖がられるとは。 「やっぱり、だめなんだね、ぼくたち」 もう終わりにしよう。 ピノクルはいっそう顔を歪ませる。 まって、と小さな声で言ったピノクルを見ない振りをして、フリーセルは身を翻す。 「今日はもう帰った方がいい…カイトたちに連絡しておくから」 「まって、ごめん、フリーセル、ごめん、いかないで…っ」 ピノクルの声は今にも泣きそうで震えていた。 ごめんと謝るピノクルに、フリーセルは内心憤りを覚えていた。謝るくらいなら初めから無理をして傍にいてほしくなかった、と。 だが、無理をさせてしまったのはフリーセル自身なのだ。 そんな自分にも苛立ちを感じながら、ピノクルに悟られないようにドアの前に立つ。 ピノクルの顔をしっかりと見つめ、フリーセルは苦しそうに笑った。 「フリーセル…っ!」 「……今までごめんね、ピノクル」 フリーセルは深々と頭を下げ、部屋から出て行った。 フリーセルはもうピノクルの顔を見なかった。 ピノクルはフリーセル、ともう一度呼んだが、フリーセルが戻って来ることはなかった。 ピノクルはフリーセルの名を呼びながら一人涙を流した。 |