がおー、どかーん!

普段は物音一つしない閑散とした部屋から、今日は人の声が聞こえた。
その戸を開けると、そこには自分より少しだけ幼い女の子がいて、僕のおもちゃで遊んでいた。


「何をしてるの」
「……怪獣ごっこ!」


そう言うとまた、彼女は視線を戻しおもちゃのまちを、電車を、右手に持ったぬいぐるみと有らん限りの擬態語で破壊してゆく。

ぎゃおー、ばりばり もぐもぐ。

至極楽しそうに独り遊びをする彼女をじっと、観察するみたいに見る。
彼女は最近知り合ったトレーナーで、ポケモンと会話が出来る僕の能力にたいそう興味を持ったらしい。
毎度どこから入り込んで来るのか知らないが、今じゃ度々城を訪れ、自分のポケモンと僕を会話させ、内容を聞き、満足しては帰っていく。この部屋にも驚きもしない、不思議な子だ。
不思議で少し怪しいけれど、それでも一切の濁りも見せない無邪気な笑顔に、そんなことも気にしなくなった。


「楽しいかい?」
「うん、とっても!」
「そう、よかった」


本当に楽しそうななまえに、おもわず笑みがこぼれた。
トモダチ以外の前で、こうも自然に笑ったのも、人間をかわいいだなんて思ったのも、久々だったかもしれない。


「知ってる?このポケモン、小さいときは山を食べちゃうの」
「そうなんだ、知らなかったよ」
「山に住んでるのよ、それで山が餌なの。この子にはとても大切ね」


そのポケモンはイッシュでは中々見ないから。なまえは物知りなんだね。そう言って褒めてやると、なまえはふふんと得意げに笑う。


「それでね、でもね、おっきくなると今度は山をなくしちゃうの!」
「へえ、なんでこの子はそんなことをするんだい?」



「わかんない、疲れちゃったのかも。あなたと一緒」


不意に視線と視線がかちあう。なまえはいつもみたいにへらへらもニコニコもしていなかった。真っ黒な瞳がきょろりとも動かず、じっと僕を見つめている。


「山と一緒に生きすぎて、きっともう疲れちゃったのね」


そのまんまるな瞳をまるで夜空みたいだな、なんて見つめていると、なまえは更に続ける。


「だからね、Nもこんなお城、ぶち壊しちゃっていいよ」

「王様なんて楽しくないよ、辛いよ。辞めちゃえばいい」


そう言うなまえの目にはどんどん涙が溜まっていく。
なぜ彼女はそんなことを言うのだろう。何が不幸なものか、僕はトモダチの幸せの為に頑張っていて、こんなに名誉で幸せなことはないというのに。


「なぜ泣くの?泣かないで、なまえ」
「……Nが辛そうだから、泣くんだよ」
「辛くないよ」
「う……嘘だあ。私、ポケモンの気持ちはあんまりわかんないけど、Nの気持ちは少し分かるもの」


騒がしく遊んでいると思ったら、急にふさぎ込んだり、笑ったと思ったら、いきなりびいびい泣き出したり。本当に変な、不思議な子だ。不安定なのだろうか。
どうしたら泣き止んでくれるのだろう。ぐずぐず泣いている彼女の頭を撫ぜながら考える。


そうだ、僕が新しい世界の王様になったなら、なまえをお姫様にしてあげよう。そしてこの城で二人でポケモンに囲まれて、幸せに暮らせばいい。


「ほんとだよ、だから」


だから泣かないで、可愛い人。