一週間ぶりに見た先輩は、まるでぼろきれの様になってしまっていて、何だか別のもののようであった。せっかく綺麗な、黄金色の狐の尻尾みたいだった髪も、今やぱさぱさで元気が無い。勿体ないなあと思いつつ「おかえりなさい」と声をかければ、「ただいま」と、か細い声が返ってくる。

「先輩、なんだかぼろきれみたいですね」
「ぼろきれか、伊賀崎は手厳しいね」

先輩はわらう。口角だけ上げて、静かにわらう。

「それに体温も低い」

冬眠の準備でもするのですかと問えば、青白い顔した先輩は頼りなさげにまたわらった。

「そうだね、蛹にでもなろうか」
「蛹?」

そう、蛹。ゆるゆると上がる先輩の手は天井に翳される。色味のない肌は成る程、確かに蛹のようだ。

「伊賀崎、私がそうなったら、動かなくなったら」
「はい」
「その辺に埋めておいておくれ」

春にでもなったら何かになってみようと言う先輩は、もう今が春だというのを忘れてしまったのだろうか。しかし先輩の頼みである、僕は当然、はい。と答えるしかない。

「何かじゃなくて、蝶がいいです」
「……蝶?」
「そう、蝶々」

その方が綺麗ですし、手元に置いておきやすいですから、と言えば先輩はわらう。今日は本当によくわらいますね、先輩。

「わかった、努力はしよう」
「約束 ですよ」


絡めた小指の皮膚はかさかさと強張っていて、本当の蛹のようだった。



それからしばらくして先輩は動かなくなってしまった。後輩である僕は、当然先輩の言い付け通りに先輩を埋めなければならないわけだが、綺麗な標本のようになった先輩を埋めるのは惜しい気がした。白くて儚くて美しい、逃がすには惜しい、上等の蛹だった。

僕は先輩を自室の近くの中庭に綺麗な箱に入れて埋め、羽化を待つことにした。雨の日も風の日も雪の日も、待った。



次の春が来た。
中庭の、先輩の蛹を埋めた場所には今は花が咲いている。
花の側には多くの蝶が群がっているが、ありふれた奴ばかりだ。黄金色の蝶はいなかった。

「……先輩は、嘘つきです」
「花になれなど、誰が言ったのですか」

花に喋りかけても返答が無いのは当然だが、なぜだか肺が押し潰されるような、苦しいような感覚に満たされる。ぽたりぽたりと水を吸わせども、花が答えるわけがないのだ。

「……来年も、待ちます」

僕は蝶の蛹が土の中でも生きられるかどうかなんて知らない。
ただ、先輩の蛹みたいにあんなに柔らかく美しい蛹を、僕はもう二度と見ないだろう。