そのこはいっつもマフラーをしていて、幼なじみの男の子がその理由を聞いても、微笑むばかりで教えてはくれないらしい。

「ねえ、マフラーとらないの?」
「とらないよ」
「暑くない?」
「うん、大丈夫」

この男の子も、いっつもマフラーをまいていて、幼なじみでもなんでもない私が理由を聞いてもただただマフラーをきゅう、と握りしめるだけで、教える気はないらしい。

「なんで?」
「……なんだっていいじゃない」
「ケチー」

正面に机一つ挟んで座る彼の爪先を秘密主義への報復だと言わんばかりに軽く小突いてやった、と思ったらひらりとかわされたものだから、思わず眉間にシワを寄せてしまう。

「……皺、寄ってる」

眉間に吹雪の人差し指が置かれる。女の子がそんな顔しちゃ、駄目だよとすぐにシワは解される。

「だってかわすんだもん」
「長い話、なまえちゃん苦手じゃない」
「ちがうちがう。ちょっと蹴っ飛ばしてやろうと思ったのに、吹雪ったらかわしやがって、っていう話」
「それは、気づかなかったな」

ごめんね。なんて言って、吹雪はわらう。別に彼はなにも悪くなんてないのに、律儀に謝罪をする。これが白恋中の王子様が王子様たる由縁だろうか。女の子にとろけるように優しいこと。ただし私はその優しさにつけこんで非情なる要求を突き付けるような、極悪非道の女の子だ。

「マフラー、とったら許してあげる」
「とらないよ」
「とったら爆発でもすんの?」
「突然スカート脱げって言われたら、嫌でしょ?そういうこと」
「……恥ずかしいのか」
「そういうことにしておいて」

また、彼はマフラーをきゅっと握った。マフラーの話をされたときの、癖なのだろうか。

そういえば、あの話の女の子はどうなったのだったっけ。幼なじみの男の子がマフラーをとってしまって、それから―



(……死んでしまったのだ)

そうだった、首がおちて。

そんなの作り話に決まっているし、吹雪の話じゃない、けどとろけるようにやさしい彼は、夏には溶けてしまいそうに弱るし、マフラー取ったら死んじゃった。もありそうだから困る。……それは、いやだなあ 私。

「……吹雪」
「ぐえっ」

私に思い切りマフラーの端を引っ張られた彼は、轢かれた蛙みたいな声を出す。もこもこのマフラーの下で、ちゃんと綺麗に首は繋がっていて、当たり前だけど私はそれにひどく安心した。

「吹雪生きてるね」
「うん」
「よかった」
「びっくりした、急にマフラー 引っ張るんだもの、なまえちゃん」
「だってあまりにマフラーずっとしてるから、」

マフラーとると死ぬ病気なのかと思った、と言うと吹雪は、そんなわけないとわらった。するすると私の指の間から吹雪の手に引っ張られて生き物みたいにマフラーは彼の方へ移動する。

「僕は生きてるよ、でも」

吹雪は全て自分の手にわたったマフラーをいつものように巻いてゆく。

「マフラーがないと、生きた心地がしないんだ」

マフラーをしているのに、彼は消えてしまいそうだった。
かなしい、かおだった。

「……な、なんだそりゃ」
「ふふふ、なんだろ。僕もわからないや」

私の頭に手を置いて、もう駄目だよと言っただけで彼は怒らなかった。わりと酷いことをしたっていうのに、さすが王子様だ。ありがたい。

「マフラー、卒業できるといいね」
「そうだね、本当に」
「ほんとは思ってないでしょ」

年季の入ったマフラーに顔をうずめる吹雪は、眉を下げてふふふと笑う。あ、またきゅってした。



「マフラーしてる吹雪、私好きだよ」

あってもなくてもかなしそうにするなら、そんなもん捨てちゃえばいいのに。