最初は楽しくもねえのに毎度へらへらしてて気にくわねえ、頭の悪そうな女だと思った。次にどれだけ距離を置いても悪態をついても気にせずへらへら話し掛けてくる、やっぱり気に食わない、自分とは合わない女だと思った。
「……勝っちゃった」
決勝を勝ち抜いて世界一になったと言うのに、フィールドの喧騒に紛れてそう呟くのを偶然聞いてしまい、とうとう最後にそれは訳の分からん女に昇華した。
宿舎に帰ってからも、未だ興奮覚めやらぬ様子で飯を食う他の奴と相反するようにそいつだけ萎れた花か何かのようにうなだれて海老フライをカツカツと細切れにしていた。他の奴等は談笑に夢中で気付いていない。面倒なことに、トマトを押し付けようと向かいに腰を下ろした俺だけがそいつの奇行を知ってしまったのだ。
「おい、バカ女」 「あ……不動くん」
いつまでも什器の衝突を見ていたくないので、嫌々ながら制止の声をかける。鈍い動作で擡げられた顔を見ると、いつものあの苛々する笑みは消えていた。
「お前のせいで飯がまずい」 「えっ何、なんで」 「きったねぇもん人様に見せてんじゃねーよ」 「え、うわっ何コレぇ」
皿の上の海老のミンチを箸の先で指すと、無意識だったらしく頭を抱えて情けない声をあげられた。
「不動くんコレ他の人には内緒ね、怒られる」 「バカ女、お前今日変」 「そうかな、変?」
どこが、と確認するようにぺたぺたと顔に手を這わすので、顔の造形は元から変だろと謗っても、いつものようにキャンキャン噛み付いてこないのだから、いよいよおかしい。
「……だって寂しくない?」 「なんでだよ」 「明日、帰っちゃうでしょう」
「この海老みたいにばらばらだ」 「お前東京だろ、たくさん居んじゃねーか」 「私、中学違うんだ」
再びカツンカツンと海老が分断される音が響く。
「みーんなおっきくなったら、お互い色々忘れちゃうんだろうね。不動くんも私も」
カツカツ、コツン
周りは気付きもしないで、暢気に飯を食っている。誰もこいつの孤独に気付きやしないし、俺の当惑にも気付かないのに苛々した。何で俺がこんな女を心配してるんだ、何だって俺が気に食わねえ女をフォローする言葉を必死に探しているんだ。行き場を無くした右手はトマトを転がしている。イライライライラ
「……忘れなきゃいーのかよ」
カツン。
音が止まった。トマトを転がす箸を止めて視線を向かいに移すと、あいつが目を見開いてこちらをじいっと見ていた。それは信じられないものでも見たかのように。
「不動くん、それは 」 「お前みてーなアホ面そうそうこの世にいねーから簡単に忘れるかってことだよ!これで満足かバァカ!」
かくんと一回頷いたのを確認して、俺はまたトマトをもてあそび始める。視界の隅で、あいつがやっと食事を開始したのが見えた。がやつく食堂に什器の音がいやに響いていた。
しばらくするとトマトで遊ぶ箸が、向かいから伸びてきたフォークに止められる。
「……トマト、食べてい?」 「おー、食え食え。もう泣き言はいいのかよ」 「なんか 不動くんが優しいから、どうでも良くなっちゃった」 「……バッカじゃねえの」 「ふふ」
今日、初めていつものように笑ったのを見た。今日も体中の毒気を抜かれるような、物凄く気に食わない笑顔だった。
翌日東京に降り立った地方住まいの奴らは、降りてきたのとは別の搭乗口で最後の別れを惜しんでいた。中には抱き合って泣いてる奴もいる。
(携帯とか、あるじゃねーか)
その阿呆くささにげんなりしたので先にゲートをくぐろうとした矢先、思い切りジャージの裾を引っ張られた。あいつだった。
「不動くん!」 「んだよ、じゃーな」 「アドレス!交換したい!」 「はァ?」 「あのさ、私みかん食べたいんだよね!お腹いっぱい!」 「……送ればいいのか」 「いや、木から毟り取って直でいきたい!」 「そーか、腹下すぞ」 「うん、だから――」
そう言って大きく手を振ったあいつの笑顔はやっぱり気に食わない。
「……ばーか」
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