私のクラスには女神さまがいる。赤い瞳の女神さま。数学の授業を受ける姿もお弁当を食べる姿も、授業中に微睡む姿もお美しいから、ちらりちらりと盗み見ていて飽きない。
そんな女神さまの、隣の席に私はいる。隣で後光を浴びながら、授業を受けて、ご飯を食べる。元よりコンプレックスだらけの清くない私は話しかけてもらえるだけでも、後光の力でいつか消滅してしまいそうだなあ と思って、今日も隣で息をする。
「おはよう、今日も浄化されてしまいそうだ」 「……君も相変わらず馬鹿なことを考えるものだね。おはよう」 「ううん、馬鹿じゃない」 「じゃあ 愚か者かな?」 「そうかも、照美さん、美しいから。愚かにもなるよ」 「その照美さんっていうの、やめない?」
女の子みたいで好きじゃない、と女神さまが言う。そうだ、彼は女の子じゃない。亜風炉照美さんは、そこらへんの女の子よりお美しい、女神みたいなあだ名を持っている男の子だ。
「じゃあ何と呼べばいいの?亜風炉さん?」 「照美くんとかでいいよ」 「嫌。さん が一番しっくりくるの、照美さんは」
そう、「照美さん」がもっとも口に馴染むのだ。一番、彼と自分の間に距離感があって良い。照美さんに、不浄なる者はこれ以上お近づきになってはいけないよって、彼を呼ぶ度警告されているみたいで調度良い。
「……私も照美さんに生まれたかったな」 「またそんなことを言う」 「うん。だって髪も瞳も、綺麗でしょう」 「そうかな」
彼は確認でもするかのように、自分の髪に触れる。枝毛ひとつ無さそうな綺麗な髪、大きな窓から入って来る日の光を受けて、キラキラ光る色素の薄い髪。
「真っ黒は嫌だなあ」
私の髪と瞳は真っ黒で好きじゃない。全部を飲み込むブラックホールと同じ色。おまけに女の子にしちゃ、身長も高くって嫌になる。頭一つ飛び出ると、一等この色が目立つのだ。 それで少しでも目立たないように俯いて歩くのが癖になって、性格も卑屈になっていって、いつしかあだ名が「死神」になっていた。多分のっぽで黒いからだけれど、あまり気持ちの良いあだ名ではない。
「……僕は好きだけれどね、君の髪も瞳も」 「こんなタールみたいなのが?」 「何物にも染まらない、凛とした色。神々しい」 「……死神だけどね」 「身長だってね、すぐに男子が抜かしてしまうよ」 「そうかなあ」 「僕もすぐに抜くから、そうしたら安心して隣を歩きなよ」
女神さまと死神が並んで歩くだなんて、なんとまあ滑稽なのだろうと周りに指をさされるのは目に見えていて、少し憂鬱になったけれど、不思議と心底嫌だとは思わなかった。多分、照美さんだからだ。
「せっかく高身長で格好良いのだから、背筋伸ばして歩いた方がいい」 「……照美さんて、やっぱ変わってる」 「誰しも自分が持たないものは美しいと思うものだからね」 「でも、やっぱり神様だ」 「なぜ?」 「生きる喜びを与えることができるから」
「褒められたの、初めてだったの。ありがとう」
少しだけ真っ黒でものっぽでも、それもいいなと思えた。一人でも、このままで良いよと言ってくれるなら、それが照美さんなら、百人力だ。明日からちゃんと俯かずに、颯爽と歩こう。
もう一度彼の赤い瞳を見て、ありがとうを言う。 彼は柔らかくほほ笑んだ、口を開く。
「別に 好きな子の魅力を褒めるのは、当然のことだろう?」
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