宇宙人だったんだ、と彼が言うので、ああ そうなんですか。と私は言う。そんなこといちいち気にしていたら、せっかく温かいパスタが冷えきってしまう。私のはまだ来ていないけれど、今は基山くんのパスタのほうが大事なのだ。

「驚かないの?」
「だって基山くん、驚くのも惜しいです」
「つまらないな」
「パスタが冷めます」

基山くんが面白くなさそうに、フォークを皿の上でくるくると踊らす。彼のお皿にはたっぷりのほうれん草とピンクのベーコンで彩られたカルボナーラがのっている。ああ、カルボナーラも美味しそうだったなあと彼の血色の悪い指が動かすフォークを見て思った。

「はい、あーんして」
「基山くんのカルボナーラだから、基山くんが先に食べるべきです」
「でもなまえ、涎たれてるから」
「うそ!!」
「うそ」

私が慌てて口まわりに手を這わせて確認すると、彼は楽しそうにパスタを纏ったフォークを揺らした。たまにこういう質の悪いうそをつく人だ、基山くんは。だからとろくてのんびりの私も、そういうときは柄にも無く慌ててしまう。口元に迫る彼のフォークにかじりついた。クリームソースの味が、ゆっくりと広がる。

「おいしい?」
「おいし、です。玉葱のソテーの甘味がこう、広がって……」
「はいはい、食に関しては饒舌だね」
「一番幸せな時間なんですもん、食べるの」
「いつか子豚ちゃんになってしまうかもね」
「それも構いません」

そうなのだ。私にとっては勉強やなんかは二の次で、カーストの最上位にいらっしゃるのは「食」なのである。だから、たまの休みに基山くんと出掛けるのも飲食店が多い。彼はつまらないかもしれないけれど、すごく大人っぽいから。それで、同い年なのにいつまで経っても敬語が抜け切らない。

「そうやって食べ物くらい俺にももっと興味を持ってくれればいいのに」
「持ってますよ、好物は何かなとか、すごく気になります」
「それだけ?」
「……い、飲食店ばっかで退屈なんかじゃないかな、とか」
「俺は美味しそうに食べるなまえを見てれば、退屈ではないかな。可愛いから」
「……それは、ありがとう ございます」
「うん、食べちゃいたい」

こういう聞いてるこっちが恥ずかしくて爆発してしまいそうになることを、基山くんは呼吸をするのと同じみたいにサラリと言ってのける。私は恥ずかしくて言葉も見つからず、口をぱくぱくさせているのに、基山くんは涼しげにスプーンとフォークを使ってパスタを口に運ぶ。

お待たせ致しました、と白のシャツに身を包んだ店員さんが私のパスタを持って来た。目の前に置かれたパスタは、待ち侘びていたもののはずなのに、握ったスプーンもフォークも、食欲さえも進まない。恥ずかしくって、食べられない。

「食べないの?」
「……察してくださいよ」
「あれには驚くんだね 覚えておくよ」
「忘れていいです!」
「宇宙人には驚かないのに」
「今は、宇宙人じゃないんでしょう?」
「うん、違う」
「なら良いです、今基山くんと私が一緒なら、あとは別にどうだっていい 取るに足らないことです」




「……まいったな、驚いたよ」

口元を隠す基山くんの頬に、少し赤みが射したのを、私は見逃さなかった。血色悪くて色白だから、ちょっとの変化ですぐに分かってしまう。いつもと立場が逆転したみたいだ。

「基山くん可愛い、……食べちゃいたいくらい」
「あー、本当に 降参だ」

ぐしゃぐしゃと髪をかきあげる基山くんに、悪戯が成功した子供みたいににやりと笑いかけながら、二種のソースの焼きパスタに手をつける。ぐるぐると私により掻き混ぜられた赤と白のソースが絡まって、まるで昔図鑑か何かで見た星の爆発のようだった。

ほら、宇宙なんてどこにでもあるもの。