サッカーが好きだった。

日焼けや怪我なんか気にしなかったし、女の子が自分一人だけだったのも、気にならないくらいには、好きだったのだ。
力はあまり無かったけれど、その分速さと技術でカバーすれば、あたり負けたって平気だと思っていたし、事実そうであった。だから、こんなふうにみんなで、ずうっとサッカーが出来るのが当たり前だと思っていた。

中学に入ると顧問の先生に、女の子が出来るポジションは、マネージャーだけだよと言われた。それでも練習後にはみんな私をいれて練習試合じみたことをやってくれたし、ゴールを決めたり相手を抜いたときに「相変わらず上手いなあ」と褒められると、私もサッカーをやっても良いのだと、幸せになった。

でも駄目だった。好きだけじゃ、駄目だった。
入学してしばらくすると男の子たちは背が伸び始めて、力も 身体能力も、サッカーに必要な全てが女の子より上になる。もう私じゃ誰にも勝てなくなってしまった。

そうして二年生になるころには完璧に置いていかれた私は、どっちつかずになった。男の子には当然なれず、かといって女の子にしては、お洒落や恋愛に興味のない「変人」だったのだ。そのカテゴライズから抜け出すために、肩につかないくらい短かった髪を伸ばしたし、化粧も覚えた。そうして自分を隠蔽しきって今現在、私は「女の子」をしている。なかなか悪くないと思う。放課後はサッカーの時間から、女の子同士の秘密の会話のお時間にかわった。


「あ、彼だわ。じゃあまた!」
「また明日」
「私もそろそろ正門前にいなくっちゃ、またね!」
「うん、バイバイ」

そんな密会も、各々の恋人たちの迎えを合図に終わりを告げる。何組のナントカ君がカッコイイのとか、私の彼なんか、と不満を吐き出していたのに、結局は迎えに来た彼等と幸せそうに帰っていく女の子たちが、微笑ましくて、少しだけ羨ましい。好きなことを堂々と好きって言えるのが、羨ましかった。

外に出ると薄暗くて、もうほとんどの部活は練習を終えたのか、辺りは閑散としている。ライトアップされた無人のグラウンドと、私だけのために用意されたような校門までの道に、何だかドキドキする。活躍して盛大な拍手と歓声を送られたときの注目に、少し似ていた。

ちょっとご機嫌になって、鼻歌なんか歌いながら校門に向かうと、懐かしい、見慣れた白黒の丸っこいのが一つだけ花壇の側に転がっていた。調度あの雰囲気を思い出してうずうずしていたのだ、周りをぐるりと見渡す、誰もいなかった。


とんとんと一定の調子でボールを上へ蹴り上げる。ボールには泥がついていたけれど、制服や髪がよごれることより、まだ自分の中に感覚が残っていたことの嬉しさの方が大きかった。

「……なまえ?」

自分でも分かるくらい、全身がびくりとなった。夢中でボール遊びをしていたから、後ろに人がいるなんて気づかなかったのだ。急に固まった膝から離れたボールは、そのままころころと声の方へ転がっていった。

「ボールが一つ足りなくてね、探しに来たんだ」
「久しぶりだね」
「相変わらず上手いなあ」
「ありがと、それじゃ、さよなら」

やっぱりフィディオだった。気まずくなって、足早に校門へ向かう。あと一歩のところで左腕が捕まった。

「待ってよ」
「どうして?」
「……一緒に帰りたいんだけど、それって迷惑?」
「一人で平気」
「暗いのは平気じゃないのに?」
「……」
「どうかな」
「……わかった」

彼が部室の鍵をしめるのを待ってから、帰路につく。

フィディオはよく喋った。それはまあサッカーのことばかり、反応の薄い私に弁を振るった。近々世界大会があるだとか、キャプテンを任されているだとか、試合はサッカーアイランドで行われるだとか。正直至極興味をそそられる話ばかりで、へえ、とかふーんと興味の無いふりをするのも疲れる。

「ねえ」
「うん」
「なまえ サッカー飽きたっていうの、嘘だろ」
「そんなことない」
「嘘、だって今 目がキラキラしてる」
「そんなことない!」

思わず目を隠すようにつむる。
本心を見透かされたのが、悔しかった。もうどうせ前みたいにフィールドを走れないのだから、そんなことわざわざ言葉にして、認めさせないでほしかった。

「俺は、またなまえとサッカーがしたいよ」
「……何でそんなこと言うの?また置いていくのに」
「置いて行かない。抱きかかえてだって、連れていく」

フィディオが手を差し出す。数年前まで私より小さかった手も、今では関節一つ分くらい大きくなっている。今はまだ私の方が背が高いけれど、この調子じゃ、すぐに彼の方が高くなるだろう。また置いていかれるに決まってる。

「……それでも、サッカー 諦められなかった」
「知ってたよ」
「どうしたらいいの?」

数ヶ月、世間一般の「女の子」をしてみたけれど、恋の話をされても、カッコイイ男の子の話をされても、頭のどこかでサッカーのことを考えている自分がいた。「飽きた」と嘘をついて、みんなから遠ざかるほどにサッカーやみんながすごく恋しくなっていくのだ。

「……マネージャー、探してるんだ」
「マネージャー?」
「ただのマネージャーじゃないんだ。みんなの練習にも付き合ってくれる、強いマネージャーがいい」

「……たとえば、なまえみたいな」

私の右手を彼の両手が強く握った。緊張しているのか、少しだけ汗ばんでいて何だか可笑しかった。世間の女の子たちに大人気なのだから、マネージャーなんか募集したら有能な子が沢山集まるだろうに、私を選んでくれたのがとても嬉しかった。
思わずタタンとスキップをして、彼の少しだけ先を行く。

「どうして私なの?」
「サッカーしてるなまえを見るの、好きなんだ 幸せそうで」
「うん、……幸せ」
「ずっと見ていたくなる」



「……私」
「うん」
「自分の足でついていく方が好きよ、それが遅くっても」
「それじゃ、両手を広げて待っていた方がいいかな。こんなふうに」

まさか、そんなことを言われるとは思わなくて、思わず後ろを振り返る。彼は目一杯に両手を広げておいでーとポーズをとっている。

「そうね、そうして待っていて」


すぐに行くから。