「――シュラ」

仄暗い密閉空間の中に、静かに男の声が染み渡る。
どこまでも優しく甘さを含んだその声に応える言葉はなく。細い喉からこぼれ落ちる声に成り損なった呼吸音だけが、空気を震わせた。
無意識にか自分の名を声なく呼ばう薄い唇を愛しげに舌先で撫でながら、アイオロスは笑う。
小宇宙で声を封じたせいで彼の声を聞けなくなったのは残念だが、彼の暗い深緑の目は口以上に感情を語り、身体も素直になったので、まぁ良しとすることができた。

「シュラ、愛してる」

甘く甘く囁きながら、指先が抉るのはアイオロスがもいだ彼の右腕の残骸。
とたんに背をしならせて跳ねる白い体から飛び散る涙と汗に知らず喉が鳴る。
肘から下を亡くした右腕を覗けば、普段は皮膚の下に隠された桃色の肉と赤黒い血の塊、白い骨のコントラストがアイオロスをどうしようもなく昂らせた。
視覚的にはもちろんだが、自分しか見たことのないシュラの「ナカ」を独占しているという現実が、昏い悦びを喚起させる。
ぐちゅり、と欲望のままに猛る自身を更に深く穿てば組み敷いた体が快楽に震えた。腰を引けば、逃がすまいとばかりに絡みついてくる肉壁に、どうしようもなく愛しさが募る。
痩せ細った体を蹂躙する手を休める事なくその顔を窺えば、薄く膜の張った双眸に自分が――自分「だけ」が映る。その事実を考えるだけで恋に恋する少年のように胸が高鳴った。
視線をわずかに下ろせば薄く開いたままの唇からちろりとのぞく赤い舌。扇情的なその色合いを喰い千切りたい衝動を理性で押し止める。
殺してしまえばより一層、シュラを自分の「モノ」にできるが。あくまでも、アイオロスが欲するのは生きて反応を返す彼なのだから。

「シュラ」

「お前が愛しい」

「愛しているんだ」

「愛してる、私のシュラ」

「本当に愛している、お前だけを」

「お前は私の「モノ」だ」

「シュラ」

「シュラ」

いくら言葉にしても足りない愛をアイオロスは何度も何度も囁く。空白の13年間の分まで埋めるように。
そう、空白の時間――13年もの間、自分の知らないシュラの時間があったことが幼い頃から抱いていた彼への恋情を加速させたのは間違いない。加速させ、「シュラ」のすべてを欲せずにはいられない程にアイオロスの中を蝕んだ。
そうして、あの日――任務帰りの返り血に汚れ傷口から自らの血を滴らせるシュラを目にした瞬間、全てが瓦解した。
何をしたのか、どうしてそうなったのか、当のアイオロスも朧気にしか覚えていないが、気がつけば女神の聖闘士としての彼の象徴とも言うべき右腕を奪っていた。
ただ、皮膚を破り筋を裂き肉を抉り神経を断ち骨を削ぐ感触と噎せかえるような血臭、苦悶の声をあげ涙を流すシュラに酷くそそられたことだけはしっかりと記憶している。
これからも、あの時の恍惚は決して忘れることはないのだろう。
「愛してるよ、シュラ」
唇だけは甘やかな愛を囁き優しげに彼に口付けながら、本能のままにナカを穿ち何度目かもわからない精を吐き出した。










仄暗い中、ふ、と意識が浮上する。
未覚醒のまま辺りを見回せば、高い天井に石が剥き出しのままの床、いつも通りの光景にシュラは小さく息を吐き出した。
闇に慣れた視線を上げれば、安らかな表情で眠るアイオロスの顔がすぐ近くに見えた。どうやら抱き枕よろしく逞しい腕に拘束されて寝ていたようだ。逃がさないとばかりに強く抱きしめる腕に、思わずため息が溢れた。
わずかに身じろげば、
「――っ」
未だナカに埋められたままのアイオロスの陰茎が擦れ、沸き上がる浅ましい疼きに目眩がした。無意識にか精を求めて肉壁が収縮する。
背筋を這い上がる劣情から逃れる為に殺風景な室内へと視線を泳がせれば、自身の右腕が目に入った。
無造作に石床に投げられ腐り始めている右腕に、けれど何の感慨も沸かないのが自分でも不思議だった。もうただの物体としてしか認識できない。
残った左腕をアイオロスの背へと回しながら、自然とシュラは「あの日」を追憶していた。


13年前のあの日、逃げ出したアイオロスの討伐を命じられたシュラがその実、歓喜していたことに誰が気づいていただろうか。
黄金の翼を背に持つ、誰よりも強く美しく気高い聖域の英雄。
そんな彼に人一倍憧れ、恋慕っていたシュラは彼の唯一である「死」を得る機会を与えられた事に幼い心を高鳴らせていた。
彼の象徴ともいうべき黄金の翼をもいで彼を自分のものにしたいという幼いが故の歪んだ独占欲に、逆らうことなど当時のシュラには思い付くことすらなかった。
結局幼い身ではその翼を奪うこともできず彼を逃がしてしまったが、その思いが消えることはなかった。
アイオロスを自分のものとする機会を永遠に無くした事は例えようもなくシュラの心を荒らし、悲しませたが…他の誰にも奪われることが無いことだけが唯一の救いだった。
そうして、ぽっかりと喪失に穴の空いた心を抱えての13年間のなんと長かったことか。


密着したアイオロスからのぼる汗の匂いに心が満たされていく。
左腕で抱き締めた逞しい背中。もう二度と黄金の翼を宿すことのないその背中を愛しげに撫でる。
13年前に叶わなかった望みを叶えられた現実に、艶然とした笑みを浮かべながらシュラの意識は再び闇の中へと吸い込まれていった。








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