笑い者のFairytale


!注意!
シュラが先天的に女体化しています





















話には、聞いていた。
その前から、覚悟は決めていた。
大丈夫だと、何度も言い聞かせて。
大丈夫だと、思っていた。

――はず、だったのに。




遠目にも仲睦まじく寄り添う二人組。
一人は見知らぬ、女性。
一人はよく知った男性。
腕を組んで笑いあうその二人の姿は、どこからどう見ても「お似合い」のカップルで。
「――」
時間が止まったかのように、動けなくなった。
寄り添いあう二人を視界におさめたっきり、まるで何かの技にかけられたかのように目が逸らせない。
彼女が彼の耳へと何かを囁き、二人で笑いあう。
そんなありふれた光景にさえ、どうしようもなく胸が締め付けられる。知らず知らずのうちに胸元で握りしめた拳のせいで服にぎゅっと皺が寄るのも気にならないほどに二人を――いや、正確には彼を見つめる。
隣を歩く彼女に見せる、自分の知らない彼の顔。
わかっていたのに、覚悟を決めていたのに。そんな顔で他の誰かを見ないで、と叫ぶ心のなんと浅ましいことか。
ふいに視界の隅にでも入ったのか、彼がこちらに気づいた素振りを見せる。その視線に捉えられる前に、咄嗟に視線を逸らし背を向けるのが今の彼女にできる精一杯だった。









カーテンを開いた大窓から降り注ぐ月光は青く、冷たい。
真円と成った月明かりは強く、視界を深く暗い藍色に染め上げている。深、と張り詰めた夜気と相まって、まるで深い海底のようだ、とぼんやりと思う。

はぁ、とシュラは今日何十度目かのため息をついた。
抑えようにも抑えきれないそのため息は誰に聞かれることもなく、寝室の薄闇を微かに震わせ消えていく。
白いシーツの上に膝を抱えて座ったまま、ワインを瓶に直接口をつけて喉に流し込む。普段の彼女らしくない行儀の悪さだが、咎める者は当然ながら誰もいない。
その間にも昼前見た光景が脳裏をちらついて離れない。

腕を組んで寄り添いあうアイオロスと知らない女性。

ただ彼が恋人といるところを見ただけというのにシュラ自身が驚くほどに心がざわつく。
「…綺麗な、人だったな…」
遠目ではあったが、それでも十分に美人だとわかる彼女の姿を思い出し、ぽつりと呟いた。
自然と、視線が自分の体をなぞる。
戦闘には邪魔だと短く切り揃えた髪。
お世辞にも目付きがいいとは言えない上に仏頂面ばかりの顔形。
胸は…まぁ、そこそこある方だけれども。
筋肉質で丸みの少ない体つき。
訓練や任務でついた傷だらけの手指。
聖闘士としては黄金の同僚達に引けはとらない自信こそあるけれど、「女」としての魅力は極端に少ない自分の身体にまた一つため息がこぼれた。
今更のことではある。自分に「女」としての魅力がないことなどとうの昔に自覚していたことだ。
だからこそ、アイオロスに幼い頃から抱いてきた淡い想いを伝えずにいたのだから。
現実はお伽噺とは違う。いくら努力したところで叶わない想いだってある。そう、想いを告げる前からこの初恋をあきらめてきた。
もしかしたら、と思うことも何度もあったのだけれど。この想いを告げようとしたこともあったのだけれど。その度に臆病な心が、最後の一歩を踏み出すのを躊躇わせた。
もし断られてしまったら。お互いに気まずくなるのは火を見るより明らかで。今の後輩という立場さえ失うのは、想像するだけで耐え難く告白に踏み切ることすらできなかった。
せめてもう少しでも綺麗であったならば。そう、少しでも彼女のようであったならば、などと思う己の弱さを頭を軽く振って追い払う。
悪いのは、伝える手段も機会もあったのにただ現状に甘えていた自分自身で。彼女を羨み妬む資格など自分には有りはしないのだから。
空になった瓶を床に転がせば、同じように飲み干された瓶と同じく投げ出された黄金の仮面にぶつかり甲高い悲鳴をあげる。
床に転がる瓶の数は黄金聖闘士の中でもザルと言われるシュラの酒量さえ越えているはずなのだが、奇妙に冴えた頭は酔ったとは言い難く。
理性が止める声を無視して、シュラはサイドテーブルに置かれた未開封の瓶に更に手を伸ばす。

もう、彼女が密やかに待ち焦がれた王子様がやって来ることはない。
無理に着飾って、待ち続ける必要もなくなってしまった。

ならばこそ、今夜はこの衝動のままに全てを忘れるくらいに酔い潰れてしまいたかった。




深い深い海の底で泡となって消えられない己が、少しだけ悲しかった。



[一覧に戻る]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -