贖罪


黒い髪は以前と同じように短く切り揃えられている。
子供特有の丸みを帯びていた顔つきは、すっきりとした精悍なそれに。
今は閉じられて見えない三白眼の気の強い目はきっと変わっていないだろう。いや、前より切れ長になっているかもしれない。
身長は同じくらいにまで伸びているらしい。おそらくだが、まだ抜かされてはいないらしい。
やはり子供特有の柔らかみを残していた体は、しっかりと鍛えられた成人男性のそれに。がっしりと鍛えられてはいるものの、意外と細い。
記憶の中の過去の「彼」とはまったく違う、けれど確かに面影を残すその姿をアイオロスはただ静かに見下ろす。
「13年…」
言葉にすれば短いそれ。けれど、実際に成長した彼の姿を前にあまりにも長い時間の経過を改めて実感させられる。
揺らめく蝋燭の光が濃く陰影を落とす頬に触れる。
死体のように冷たくはないけれど、生きていると言うには低すぎる体温。

「――シュラ」

呼びかける声にも応えはなく、ただ静かな闇の中へと溶けていった。



あの聖戦から一年、女神の祈りと奇跡によって聖戦で命を落とした聖闘士達の復活が果たされた。
それはシュラとて例外ではなく、その体は他の面々と共に復活した。だが、彼の魂は戻らずに未だ目覚める気配すらない。
主である女神を二度に渡って裏切り、アイオロスを手にかけた自分が許され再びの生を享受することなどできない――シュラがそう考えていることは彼の性分を知る者には簡単に予想でき、だからこそ誰もが声をかけあぐねているのが現状だ。
「我ながら、お前には酷いことをしてしまったよな」
つ、とシュラの血の気のない頬を指先でなぞりながら、アイオロスは一人言ちる。
自然、下ろした瞼の裏で思い浮かべるのは13年前のあの晩のこと。
女神を連れて聖域から逃げ出した彼を人は「英雄」と呼ぶが当のアイオロスから言わせれば、そんなものは勘違いでしかない。

――自分はただ逃げただけなのだから。

闇に囚われた友を救うために自らの手で殺めることを恐れて逃げ出し。
逃げた自分を討ちに追ってきた淡い淡い好意を抱いていた後輩にさえ、その幼さを理由に真実を明かさずにまた逃げた。
その結果、確かに女神を守ることはできたが、その一方でアイオロスが誰も救わなかったのもまた事実である。
13年もの間、シュラに「逆賊」殺しの責を負わせ苦悩の道へと落とした原因の一端は間違いなくアイオロスにある。
そんな自分が「英雄」などであるはずがないと知っているけれど、
「なぁ、シュラ」
周りが期待するような「英雄」であることが逃げた自分の罰であり償いであり、責任なのだと受け入れた。
「死んだままでは償うことさえできない、のだから」

なによりも、


――謝らなければならないことがある。

――話すべきことがたくさんある。


だから、


「早く…、早く戻ってこい」


祈りにも似たその願いに、未だ応える声はなく。



ただ、眠るシュラの傍らに置かれた山羊座の黄金聖衣だけがすべてを見守っていた。







[一覧に戻る]


「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -