04

官吏たちに棚夏を探れと指示を出したものの、成果にそう期待していなかった黎深は、絳攸に吏部の記録を浚わせていた。

「棚夏という官吏の記録はあったのか」

険しい顔で問う黎深に、畏った姿勢をとり絳攸が報告する。

「いえ、過去30年の記録を見ましたが、その名前は吏部どころかどこにも存在していませんでした。考えられるのは、彼の話していることが虚実か、彼が偽名であることです」
「…それで、私を呼び出して何のつもりだ。お前と違って私は忙しいのだが」

吏部尚書権限を使われ、わざわざ人目を盗んだ裏道まで通されて呼び出された鳳珠は、相当な迷惑を被っているという風に不機嫌な声を漏らす。

「お前が面をとり奴に質問を」
「却下」
「こうする他ないのだよ、鳳珠。何、関係のない者は巻き込まぬよう、二人だけで個室を使うといい」

そう言うと、黎深は影に鳳珠を個室まで連れていくよう指示した。

「何が『個室を使うといい』だ、ってちょっと待て、おい、ふざけるな!」

鳳珠はばたばたともがくものの、何の抵抗にもならない。室前まで来たところで、黎深は鳳珠の面を剥ぎ扉を閉めた。鳳珠の顔を一瞬でも見てしまった影が犠牲になったが、黎深にはおかまいなしだ。

「れ、黎深様…さすがにこれはまずいのでは」

あとを追いかけてきた絳攸は、ドンドンと内側から叩かれる扉と、黎深の手にある面に顔を引きつらせる。

「問題ない。それよりも、だ。アレを放り込むぞ」
「本気ですか?!」
「本気も何も、手っ取り早い案だろうに」

早くしろと急かす黎深に、絳攸はとほほと櫂兎を呼びに行った。


§


室からよれよれと出てきた鳳珠に、黎深は詰め寄った。

「アレは何と話していた、言え!」
「まず面を返せ…」

黎深から面を受け取り装着した鳳珠は一息ついてから、黎深に語った。

「お前は何者だ、と、一応は聞いたが、名乗られただけだったよ」
「どういうことだ」
「…私の素顔に、大して驚いた様子もなかったな。『あれ、戸部尚書? ご用があると伺ったのですが…どうなさったんです? 面まで外しちゃって』だそうだ」
「何故奴がお前の素顔をみて戸部尚書だと判断できる?」
「分からん」

黎深は、考えるように押し黙った。鳳珠は、もういいだろうと疲れた様子で訴える。

「このまま志津に任せるのがいいのではないか、どうせ今日一日だけなのだろう。彼に任せておけば、万が一もあるまい」
「珍しくお前の顔を見ても変にならない人間がいたからと、そう言うのか。元々変な奴だから、変にならんだけかもしれん」
「お前、それが自分に対しても適応されうる言葉であることを分かって言っているのか」
「何のことだ」

鳳珠が何を言っているのか分からないとでもいうように、きょとんとする黎深に、鳳珠は色々と諦めることにした。

「それよりもだ。お前のそれが使えないとなると――」


§


不思議そうな、だがどこか面白いといったような表情をした櫂兎が尚書室から出てきた事に志津は目を丸くした。いないと思ったら、また紅尚書は無理難題でも押し付けたのだろうか。静かに執務机についた櫂兎に志津はおずおずと声をかけた。

「今、尚書室から、出て来られましたよね…大丈夫でしたか?」
「うん、大丈夫。実は吏部尚書とは、話のひとつもしてないんだよね。個室に行けって言われて、そこで戸部尚書に名前訊かれただけ」
「どういう状況ですか、それ…。しかも黄尚書まで…」
「さあ…? 普段なら、戸部で仕事してる時間帯だよね」

どうして彼が吏部に。何かあったのだろうか。また紅尚書絡みで変な事に巻き込まれていなければいいのだけど。
しかしその変な事は起こった後だというのを露ほども知らない志津が首を傾げていると、秋が焦った顔をして吏部に飛び込んできた。

「要官吏! 棚夏さん!」

志津達の姿を確認した秋は、わっ、と今にも泣き出しそうなほどにいっぱいいっぱいな顔をみせた。

「どうしましたか、秋官吏」
「まあまあ落ち着いて、お茶でもどう?」
「あ、甘露茶……美味しそ、じゃなくて!それよりお二人とも、その、物凄くお願いし辛いんですけれども、お、お願いします! 後宮に迷い込んだ李侍郎を連れ戻すために、お二人で女装して下さい!」
「…………私は耳が悪くなってしまったのでしょうか、秋官吏。もう一度お願いします」
「後宮!女装!李侍郎を探すです、要官吏!要官吏は李侍郎探すの得意じゃないですか!」
「え、えええ………」
「ぷっ、くくっ、女装して連れ出すって…ちょっ、そもそも後宮に迷い込んだって、くくく。発案者天才だろ」

何が面白いのか、志津には信じられないことに、櫂兎は肩を震わせて笑っていた。

「発案者、というか、そうですね、とりあえず李侍郎の叫び声は聞こえました……その後に紅尚書に呼び止められまして、要志津と棚夏櫂兎に女装でもなんでもさせて探させろと…」
「……………紅尚書は尚書室に?」
「は、はい」
「いってらっしゃい」
「貴方も来るんですよ棚夏殿」

笑顔で、だがどこか恐ろしい雰囲気の志津に気圧され、櫂兎はおっかなびっくりな様子でついていった。






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