お料理教室!

「※ ※ ※」の管理人であらせられる※様からいただきました!!お名前変換はなく、官吏です。の主人公の名前はデフォ名である志津となっております。※様の御宅の主人公くんもデフォ名である櫂兎くんとなっておりますので、ご了承ください。







「あのお饅頭は絶品だったなあ…」

櫂兎は小麦粉の生地を捏ねながら、志津のところで食べた饅頭の味を思い出し、ぽつりと呟いた。

「そのお饅頭って、すっごく美味しいお饅頭?」

生地を捏ねるのを隣でみていた沙羅が尋ねる。

「うん。生地がふわふわで、ほんのり甘くって」
「ふわふわぁ」
「中からは肉汁がじゅわーっとして」
「じゅわーっ」
「具もごろごろっと入ってて、噛みごたえがある」
「ごろごろーっ」

櫂兎は考えるように捏ねる手を止め、もう片方の手をぐっと握りしめ声を張り上げた。

「……食べたい!」
「食べたーい!」

沙羅も櫂兎に続いて声を上げる。

「作ろうよ、棚夏のお兄さん!」
「作りたいのは俺も山々なんだけど」
「作れないの?」
「残念ながら」
「なら、そのお饅頭を作った人に、もう一度作ってくださいって頼もう! そしたら、また食べられるでしょ?」
「もう一度、か」

人のいい彼のことだ、頼めば快く引き受けてくれそうだが、その前に彼がいるのは、そう簡単に行ける場所ではない。そして、こういう時に限って、行く手段を担うあの狸は捕まえにくいのだ。頼んでも、なんやかんやと理由をつけて断られそうであるし。駄目元で探しに行くかと櫂兎が思っていると、沙羅が櫂兎の肘を突っついた。

「棚夏のお兄さんが探しているのって、あれ?」

そう言い沙羅が指差した方向を見ると、壁についた通気孔のような小窓から建物に侵入しようとしている漆黒のカラスがいた。

「…よく分かったね」
「沙羅の勘は当たるのよ」

ふふんと得意げに沙羅は鼻をならす。流石だ。
しかし、いつも瑤旋に近付く度に覚える、紫色が引っかかるような感覚がない。もしや、瑤旋ではなく普通のカラスだろうか。

「瑤旋?」

声を掛けてみると、そのカラスはぴくりと反応してから素知らぬふりをするようにそっぽを向いた。

「瑤旋だコレ!」
「ぐっ、何故気付かれたんじゃ…」

沙羅ちゃんの勘様さまだ。

「そう、気付くっていや、何で今紫色な感じしてないの?」
「それはのう…ほらその、互いに、それなりに近い場所で活動するじゃろ? ずっと見られているようでアレじゃったから、ちいとお主のほうに目隠しのようなことをな」
「お前そうやっていつも隠れてたの? 道理で見つからないわけだよ!」

明かされたその事実にうわーと頭を抱えた櫂兎の袖を、ついついと沙羅が引いた。

「沙羅、早く教えてもらいにいきたい」
「あっ、そうだ。瑤旋、志津さんのところに連れてってよ」
「随分急に無茶を言うでない。あれは軸をあわせるのが大変なんじゃ。
第一同じ世界に同じ人間が二人おっては不都合じゃから、その娘御がおるかどうかを確認せにゃあならん」
「烏のお兄さん、頑張って!」
「できなきゃ焼き鳥な」
「棚夏のお兄さん、焼き鳥は駄目よ。烏は雑食だからお肉に臭みがあるのよ? 香草焼きがいいわ」
「お主らは…」

瑤旋は呆れ混じりの溜息をつきながら、沙羅がいるかを確認する。

「いない、か」
「よーし、なら問題はないな。さあ連れてけ!」
「急かすでないわ。物事には時期というものがあってだな」
「じゃあ今夜な!」
「今夜ね〜」
「おい待て、待たんかコラッ」

瑤旋の呼び止める声も聞かず、二人は料理作りに戻ってしまった。

「やれやれ、気楽に言ってくれるわい」






「こーんにーちはー!」

ある非番の朝、志津がきまぐれにも何か作ろうと庖厨所に立った時。ひょっこり、と見知らぬ少女が庖厨所の裏口から顔を覗かせた。志津は少しの間目をまるくしていたが、すぐにふわりと柔らかな笑みを浮かべる。

「こんにちは。こちらにご用ですか?」
「うん! 大事なご用事なの。お兄さんは、志津さん?」
「ええ。要志津と申します」

名を知られていることに、はてさて、この年頃の少女が自分を訪ねてくるような用事などあるだろうか、と志津は首を傾げる。

「沙羅はねー、沙羅っていうの!」

ぺかーと眩いばかりの笑みを浮かべ、そう名乗った彼女は、少し待つよう志津に告げ、走り去る。程経たず戻ってきた彼女が連れてきた人物に、志津は『ああ』と、驚きのような、ある意味納得のような声をあげる。その人物は、志津の顔を見るとへらりと笑って片手をあげた。

「こんにちは、志津さん。先日ぶり」
「ええ、こんにちは。お元気でしたか、棚夏殿」

あのひょんな出来事をつい昨日のことのように思い出しながら、志津は櫂兎に微笑んだ。

「元気だよ、ありがとう。志津さんも、変わりないみたいだね」
「沙羅も元気ー!」

言うや否や、その沙羅という少女は、その場で両手をあげてぴょーんと飛び跳ねる。確かに元気だ。

「すみませんが棚夏殿、この子はもしや棚夏殿のお子さんで…」
「違うよ?! 沙羅ちゃんは、俺の元上司の娘さんです。今俺んちに元上司一家が泊まってて」
「なかなかない状況ですよね、それ」

本当にね、と困ったように櫂兎は笑う。労わるように、志津は櫂兎に椅子を勧めた。

「それで、お二人で本日はまた、どういったご用件で」
「よくぞ聞いてくれましたー! 実はお願いごとがあって」

ぱん! と両手をあわせて櫂兎がお願いのポーズをとる。それに便乗するように、沙羅は「お饅頭!」と右手を突き上げた。
ぱちぱちと目を瞬かせた志津に、櫂兎ははにかんで事情を話した。

「志津さんのお饅頭の味が忘れられなくて! またご馳走になりたいな、と」
「そんなに気に入って頂けたんですか」

ぱっ、と志津の周りに花が飛ぶ。

「沙羅も、そのお饅頭が食べたくてきました。志津さん、お饅頭を作ってください! 父様と母様の分のお土産も貰えると、沙羅はとっても嬉しいです」

無垢な瞳でみつめられ、そんなお願いをされてしまっては敵うはずもない。元より志津に断る理由もなかった。

「喜んで、お作りしましょう。よろしければ、お二人も一緒に作りませんか? 材料や手順など手解きさせていただきますから、そうしたらいつでも好きな時に、自分で作って食べられるようになりますよ」
「いつでも…!」

志津のその言葉に、沙羅が目を輝かせる。櫂兎が少し驚いたようにして、志津に尋ねた。

「でも、いいの? 俺たちにあのお饅頭の製法を教えちゃって」
「製法も何も、特別なことはしていません。いたって普通のお饅頭ですし、うちは饅頭屋というわけではありませんから」

大袈裟な櫂兎に志津は苦笑する。しかし、この饅頭を店頭に並べようと密かに画策している姉に知られては、確かに苦言がきそうではあった。本当に、特別というほど特別なことはしていないのだが。
志津は饅頭作りの準備に取り掛かる。櫂兎と沙羅の手を借りながら、道具と材料を一式揃えて並べたところで料理開始だ。

「今回の具は豚と玉ねぎにしましょう。まずは生地からですね」
「これ、二袋あるけれど、どっちも小麦粉だよね」

台上の袋の中身を見て、不思議そうにする櫂兎に、よく気がつくなと思いながら説明する。

「こちらの袋に入っているのは、普段他の料理にも使っている、紫州で作られた一般的な小麦の粉で、こちらの袋に入っているのは、紅州南部あたりで作られた小麦の粉なんです。紅州南部の小麦は品種が違うのか、麺類に向いたものなのですが、これと一般の小麦粉を半々の割合であわせますと、生地のふんわりともっちりがいい塩梅になるんです」
「へぇー!」

櫂兎は空中を叩くような動作をしながら、感心したように頷いた。
二種類の小麦粉をあわせた後、志津は棚から小脇に抱えられる程度の壷と、片手に収まる小さな壷を持ってきた。

「沙羅分かった! 小さい壷と大きい壷どっちがいいですかってして、大きい方選んだらチミモーリョーが壷から飛び出すやつでしょ」
「残念。これは酵母と、それで膨らんだ生地の中種です」
「コウボ?」

きょとんとする沙羅に、志津は簡単に説明する。

「はい。酵母は、生地をふわふわにするための素のようなものです。この工程をなしに蒸すと、麺類向けの小麦粉も混ざっているので、石のような生地になってしまうんです。中種は、その酵母を小麦粉と予め混ぜて発酵、膨らませておいたものです」

饅頭に酵母を使う手法自体はそう珍しいものでもない。ただ、手間がかかるからと使われない場合が多いことも確かだ。
志津は櫂兎に確認をとる。話を聞くと、櫂兎はよく料理をしているらしく、酵母の作り方や使い方自体は問題ないようだった。生地の元になる、酵母を使った中種の作り方もすんなり説明できた。

「生地の材料に最初から酵母を使うやり方もありますが、上手く膨らまないこともあるので、予め中種を作っておくことをお勧めします。
この中種に、生地の残りの材料を混ぜて捏ねます」
「お塩、お砂糖、それとこれは? 何かの脂みたいだけど」

それは、常温故か柔らかな、しかし液体とまではいかない固形だった。斜めから前からと櫂兎はそれを見てみるが、視覚情報だけでは、それが何かの動物の脂としか推測がつけられない。

「豚脂です。油ならば他のものでも代用できるのでしょうけれど、豚脂の方が美味しくできる気がして。お肉屋さんに言ってとっておいてもらってるんです。中にいれる具が餡子なんかだと菜種油にします」
「風味ってあるものね。ふむふむ」
「風味といえば。生地には牛乳を使っています。なければ水でもいいんですけれどね」
「やはり違いますか」
「違いますねえ」

志津は、塩と砂糖を豚脂に混ぜ込んだ後、牛乳と中種を足し、そこに小麦粉を混ぜ合わせる。
生地が馴染んできたところで、志津は沙羅のうずうずとした様子に気付く。

「沙羅ちゃん、捏ねるのをお願いできますか?」
「はーい!」

志津の言葉を聞いて嬉しそうに生地にとびついた沙羅は手際よく捏ね始める。

「上手ですね」
「棚夏のお兄さんのお手伝いで、沙羅も普通のお饅頭なら作ったことがあるの」
「えっ? これも普通のお饅頭ですよ?」
「志津さん、突っ込むところそこなの?」
「沙羅、普通のお饅頭は小麦粉を二種類も使ったりしないと思うの」

それでも尚解せないと、志津の顔には書いてある。沙羅はなんともいえない表情をしながら生地を捏ね続けた。

「ここでよく捏ねないともっちりしないんですけれど、捏ねすぎると固くなっちゃうんです」
「沙羅知ってる、耳たぶくらいってやつ!」
「そうですね。触った時の柔らかさはそれで、生地を引っ張った時に伸びすぎないくらいがいいです」
「これくらい?」

沙羅はびよーんと生地を引っ張って伸ばしてみせる。

「それだと少し緩いですね。もうちょっと捏ねましょうか」
「はーい」

そろそろだろうと思われるところで、志津は沙羅の捏ねる手に制止をかけ、生地を触る。

「いい具合になりました。さて、この生地は暫く寝かすとして、その間に具を作りましょうか」
「具!」
「ぐー!」

櫂兎はというと、「玉ねぎは任せろー」とみじん切りを始めた。こんなところでも仕事の手際良さが発揮されているのか、あっという間にみじん切りにされた玉ねぎの山ができる。
「それを飴色になるまで炒めてください。その間にお肉を切ってしまいますから」
「はーい」

温めておいた中華鍋に投入された玉ねぎがジュワと音を立てる。

「そうだ。お肉の大きさはどれくらいにしましょうか」
「沙羅、ごろごろーってするのがいい!」
「前に貰ったのと同じくらいでお願い」
「了解です」

飴色になった玉ねぎの海に、角切りにされた豚肉が飛び込んでいく。表面にさっと火が通ったところで、摩り下ろした生姜を投入し、調味料で味をととのえては水分が飛んでしまわない程度まで火を弱める。

「今回は、中にまで火を通すため、お肉も玉ねぎと一緒に炒めましたが、挽肉を使う場合には、玉ねぎと一緒に炒めてはいけません。パラパラになってしまって、生地では包みにくくなってしまいます。
火を通さず、炒めた玉ねぎと練り合わせて塩と香草で味を付け団子状にまとめる、という風にすれば生地で包みやすいですし、パラパラにはなりません。甘辛く味付けをした今回のものとは、また違った美味しさがあります」

いわゆる、オーソドックスな肉まんがそれだ。興味ありげに目を光らせた沙羅に、戻ったら作ってみようかと櫂兎が笑う。楽しそうな二人に、志津も嬉しくなって頬をゆるめる。彼らが自分の手ほどきした方法でお饅頭を作ってくれるというのは喜ばしいことだ。自分が作らずともいいと思うと、少しだけ寂しくなるが。
肉にほどほどに火が通ったのを確認して、志津は片栗粉を投入する。これがあるのとないのとで、生地での包みやすさもそうだが、口あたりも相当変わるのだ。
鍋の火を消して、志津は沙羅に寝かしておいた生地を持ってきてくれるよう頼む。明るく返事して生地を見た沙羅は、ふわぁと感動の声をあげた。

「膨らんでる…!」
「おー、本当だ。いい感じ」
「いい感じですね」
「面白い!」

興味に満ちた目で、沙羅は生地を手にとる。

「これ、べとべとするよ!」

手にくっつく生地を面白がる沙羅に、櫂兎は小さく笑いながら、生地と沙羅の手両方に打ち粉をつける。これで随分と生地を整形しやすくなるはずだ。

「沙羅ちゃん、志津さん、俺に、お土産二人分を含めて五人分。生地は五等分でいいかな?」
「ええ、量もちょうどいいくらいでしょうし。分けるのが難しい数字ですけれどね」
「なら、それは沙羅のお仕事!」

沙羅は生地をころころと棒状に伸ばした後、包丁で五つに分けた。

「全部同じ重さにしたよ!」
「それはまた…随分と綺麗に分けましたね」

重さが同じということの真偽は流石に目視のみで判断できることではないが、確かに一見して同じような大きさに分けられていることには違いない。こういった器用さはやはり彼女の父親譲りなのだろうかと櫂兎は思った。

「では、具を包んでいきましょう」

志津の言に従い、櫂兎と沙羅は生地を手の平に乗せる。志津が具を包むのを集中して観察していた二人は感想を漏らした。

「普通だね」
「ふつう!」
「具の包み方に、変わった方法も何もありませんよ」

志津は思わず苦笑した。おいしいお饅頭作りに、何も奇抜さは必要ない。あるのは、美味しさへのこだわりだ。

沙羅は具を欲張って詰めたようで、饅頭の大きさが志津の作ったものより一回りほど大きくなり、まだ手が小さいのも相まって丸めるのに苦労していた。その様は微笑ましい。

櫂兎はやはりというべきか、慣れの見える手つきで具を包んでみせ、続いて土産用の饅頭にとりかかる。

「棚夏殿は普段から料理されてるんですね、手慣れてらっしゃる感じがします」
「一人暮らしが長いからねえ。他の人の作るご飯がたまに恋しくなるよ。
志津さんは、一人暮らし…ではないよね。またどうして? 料理するの好きなの?」
「いえ、まあ、嫌いではありませんが。家族みんな料理をしないもので、自然と自分がするように…」
「なるほど」
「できたーっ!」

ぱぁっと輝く笑顔で沙羅は饅頭を掲げる。なかなか上手に包めていた。
蒸し器に並べて、あとは蒸し上がるのを待つだけだ。

「お茶でも淹れますか」
「あっ、それ俺がやるよ。俺、志津さんには淹れてもらってばかりだし」

志津の持っていた茶葉の缶をひょいととりあげて、櫂兎が笑う。折角の提案だったので、志津も彼に任せてしまうことにした。

「…いい香り」

茶葉の香りを扇ぎ嗅いで、櫂兎はへにゃんと笑う。それもそのはず、彼が今持つその缶の中身は、お客様用のいい茶葉だ。

淹れられた茶は濃さ温度共に絶妙で、志津は思わず息を漏らす。美味しい。
櫂兎が横でくすりと笑うのがわかった。

「気に入ってもらえたようで何より。っていっても、志津さんの用意してくれたお茶っ葉ありきだけど」
「それだけでこの味が引き出せるのなら苦労しません。これは棚夏殿の腕ありきです」
「へへ、ありがとう。長年お茶汲みしてた成果かな」
「棚夏殿が、お茶汲み?」
「うん。ずっと補佐とか雑用係みたいなことしてたから」

この人に雑用をさせるなんてとんでもない。誰にでもそれなりにできるお茶汲みより、他の仕事を任せる方がいいだろうのに。吏部に、吏部においでください棚夏殿。

「お誘いありがとう。けどごめんね、応えられないや。気持ちだけ貰っとくよ」

志津の心の声は漏れ出ていたらしい。仕方もない、先日彼が仕事を手伝った時吏部の床が見えたという出来事はそれだけ衝撃的だった。沙羅がくりくりとした目で志津を見た。

「志津さんお仕事大変なの?」
「そう、ですね。吏部官は、忙しいですから」
「これからもっと忙しくなるね」

さらりと告げられるその言葉に、志津はぎょっとする。何故だかそれは、予言めいて聞こえた。

「怖いこと言うなあ、沙羅ちゃん。志津さんが困っちゃうよ」
「でも志津さん、忙しいの嫌いじゃないでしょ?」

沙羅の問いに、志津は何と答えるべきか迷う。
好き好んで忙しくしたいわけではないが、吏部の忙しさを厭うわけではないのも確かだった。忙しさの、その内容によるといったところだろう。限界を越えてしまった吏部官達のことを考えると、あまりに過ぎる忙しさはいいものとは思えないが。
戸惑う志津に、沙羅は笑みを深めた。

「志津さんって、いい人、ううん、いい官吏さんだね」

これはまた返事に困る言葉で、志津はあれこれと言いかけたものの、結局口を噤んた。己が官吏であることに関して、自分が決意したことであって、ここで彼女に語るようなものではない。第一彼女は、志津の仕事姿をみてそれを言ったわけではない。櫂兎から多少話は聞いたかもしれないが、それがあるにしてもその評価を下すには、情報が少ないことだろう。判断材料に関して志津が尋ねると、沙羅は笑顔で勘だと答えた。志津は、素直にその評価への礼だけ述べた。

ふ、と何かに気付いたように沙羅が視線を動かした。その先には蒸し器がある。蒸し器を見つめる沙羅は落ち着きなく、そわそわと身体を揺らす。

「そろそろできたかなって」

志津に視線を戻した沙羅は、志津と視線が合って、そう言った。
椅子から立ち上がった志津は、蒸し器の蓋をあけ、饅頭の中まで火が通っているか竹串で確認する。

「大丈夫ですね」
「完成?」
「ええ」
「やったー!」

志津の頷きに、沙羅は喜びの声を上げた。はしゃぐ彼女は、年相応とでもいうべきか、子供らしくて微笑ましい。
志津はほんわか笑顔を浮かべて、他より一回り大きな沙羅の饅頭を、崩れないように慎重に皿に移して彼女に渡す。

「熱いので気をつけて下さいね」
「できたて!」
「わぁ、美味しそう…」

志津は、櫂兎の分と自分の分もそれぞれ皿に移したあと、土産用の二つは粗熱がとれるまでと大皿の上に乗せる。

「さて、冷めないうちにいただきましょうか」
「でも火傷には気をつけて、だね」
「あつい!」

豪快にかじりついた沙羅が早速そんなことを漏らしていた。慌てて水を用意しようとする志津を、沙羅は止める。大事ないらしい。口いっぱいに饅頭を頬張り、恍惚としている。

「んーっ! これだよこれ! 志津さんのお饅頭の味がする」

饅頭を口にちぎり入れた櫂兎は悶える。美味しい。とても美味しい。この柔らかさと弾力を兼ね備えた生地の歯触り、絶妙な甘さ加減。それは、具と絡んだ時にまた違った顔をみせる。顔がにやけてしまうのが自分でもわかる。もう一口、もう一口とちぎっては口にいれる。いてもたってもいられないで、かぶりついた。口いっぱいに甘辛さが広がり、噛めば噛むほど具材がそれぞれの味を主張する。それはいがみ合わず、むしろ互いに引き立てる。玉ねぎと豚肉を出会わせた人は天才だと思う、などと考えながら櫂兎は咀嚼する。なんて幸せだろう。こんなにも心が満たされている。饅頭を齧る。食べるとは、こんなにも楽しいことだったろうか。
ああ、饅頭が無くなってしまう。当たり前だ、食べたのだから。分かってはいるが、名残惜しい。

最後の一口を端の端、隅の隅まで味わうように、ゆっくりと飲み込んだ後、櫂兎は茶を啜り、深く深く息を吐いた。

「ごちそうさまでした。美味しかった…」
「随分と熱心に食べてらっしゃいましたね…あまりに静かでちょっと怖かったです」
「俺は饅頭がこわい!」
「もっと作ればよかったですね」

言った後で、もう己が作らずとも櫂兎は自分で作ってしまえるのだったと志津は苦笑する。それとなく、そのことを志津がを告げれば、「志津さんはもう俺にお饅頭作ってくれないの?」と言葉を返される。櫂兎は悪戯っぽく笑っていた。志津の答えは分かっているということだろう。

「中を餡子にして、炒ったゴマをいれてみても美味しいんですよ。次に持っていくのは、それにしますね」
「やった! ありがとう!」

自分の作る饅頭に、まだまだ需要はあるらしい。そのことが志津は何とも嬉しかった。

「沙羅はお腹がいっぱい! 美味しかったぁ。志津さん、ありがとうございました!」

いつの間にやら食べ切っていた沙羅が屈託ない笑顔で告げる。彼女の手には、いつの間にやら包まれた土産用の饅頭がある。

「えっ、もう帰る準備しちゃうの?」
「だって、お迎えがきてるもの」
「ええっ」

随分と急なことだ。声を上げたタクトはもちろん、志津も目をまるくして驚いていた。「ほら」と沙羅が指差した先には一羽のカラスがいた。志津にはよくわからなかったが、それは彼らの迎えが来ていることを表していたらしい。

「うわ本当だ。ごめんね、志津さん。俺達、もう行かなきゃいけないみたい」
「突然お邪魔してごめんなさい。ありがとう、志津さん」

カラスが飛び立つ。沙羅が駆け出す。それを追って、櫂兎も走る。
庖厨所を一歩飛び出し、志津は彼らの背に向かって叫ぶ。

「さようなら! お二人共、お元気で」

二人が振り向き、志津に手を振る。櫂兎の唇が「またね」と動いた気がした。

強い風が吹く。木々は揺れ、擦れ合う葉々は波のように音を立てる。
風に乱されるように、二人の姿が揺らめく。志津が瞬きする間に、二人はいなくなっていた。

「『またね』、ですか」

彼がそう言うのなら、また会える。そんな気がした。その時には胡麻入りの餡饅を作ってご馳走することにしよう。
柔らかな笑みを志津は浮かべた。





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