短編 | ナノ






私は今、高揚感と絶望感の狭間に浸かり笑みともとれない表情をしているだろう。

初めてだった。勝てない相手がいないとまでは思ってはいなかったが、まさか足下にも及ばない相手がいるだなんて。世の中は広いだなんて、頬を伝い顎に行き着いた冷や汗の冷たさを感じながらそれと対称にジリジリ照り付ける日差しの鋭い暑さを頭のてっぺんに感じ、こんな事を体外的に感じるくらいならもっと頭を働かせてこの状況を打破しようとしろと私の頭の中は叫ぶが、そんな次元の話ではない。たった今、スパンと鋭い音をたててボールが横を通りすぎた。フィフティーンラブ、と柳の声がした。

そもそもテニスには相性があると私は思っている。

私のプレイスタイルはオールラウンダー。なんでもそつなくこなす。そして私のテニスに対する信念としては必ず相手のコートに打球を返すこと。その為には相手の力をも使わせてもらう。相手が鋭いコースを狙おうものならその勢いを使いそのままもっと際どいコースを狙ったり、相手が強いスピンをかけて打ってくるならそのスピンに相乗させて更に強いスピンをかけて返す。まあこのカウンターパンチャー紛いな技は東京のストリートテニスコートで知り合った不二から学んだ事ではあるのだが、それを抜きにしても私には女子は勿論、男子にもそうそう負けたことなんてなかった。実質中学レベルならまだ男女に歴然とした差は生じないのが救いだ。私の持久力は男女合わせても学校で三番目にはある。私は返ってきた打球を、息を切らせながらたどたどしく返した。私の打球にいつもの鋭さは無く、相手は息も切らさず汗も流す様子もなく、ボールを返す。

全国女子テニス団体優勝、シングルス部門全国優勝。私の輝かしい功績だ。文字どおり、敵無し。3年に上がり、そんな私と試合をしたいと、そういえば真田からオファーもあったんだっけ。結果はタイブレイクにもつれ込むも私の辛勝。あの時は本当にテニスが楽しかった。こんなに、こんなにも勝つか負けるかの駆け引きをするのが楽しいものとは思わなかった。次試合をした時は真田が勝つかもね、だなんて、私は口にもした事がない言葉を吐いたものだ。真田は、次は負けない、もっと鍛練を積み、またお前に挑むだなんて言ったりして、思わず笑ってしまったのは記憶に新しい。まったく、真田らしい。あれからよく話すようになり、真田とは大の親友になっていた。

そんな彼からよく出てくる名前が二つ。

柳蓮二と、幸村精市。

私はつまづきながらも、コースぎりぎりに返されたボールを弱々しく打ち返した。その瞬間に足がもつれ、地面に膝をついてしまった。そして相手はというと、弱々しく打ち返した私の打球を、私がいる反対側にスマッシュを決めた。また、スパンと小気味良い音が鳴る。

「こんなものかい」
「……」
「真田を倒したって聞いたから…期待したけど」

冷たい声が脳に直接響くようだった。クレイコートの土を見詰めながら、私の汗が落ち染みる様子を見て、私は呆然とするしかなかった。いつのまに向こうのコートから来たのか、私と試合をしていた幸村が、 ひざまづく私の目の前に立っていた。日差しが、幸村の影で遮られる。

全国準優勝。
男子テニス部はその肩書きを引っ提げて帰ってきた。勿論、私達女子テニス部は団体優勝。私は、いい気になっていたのかもしれない。

「ねえ、あなた、真田の言う幸村でしょ?男テニ部長の」
「…?君は確か…女子テニス部の副部長の、」
「みょうじなまえだよ。ねえ、ちょっとお願いがあるんだけど、」

私と試合しようよ。

私は生意気に笑っていたのかもしれない。思っていたよりも優男だった幸村精市が何故部長なのかわからなかった。私達女子テニス部みたいに、ただまとめ上手な子が部長になっただけなのだと、実力で部長になった訳ではないと思っていたのかもしれない。ちなみに私は責務が面倒という理由で副部長に落ち着いた。

「ただ凄いのは…イップス状態にならないことかな。メンタルが強いんだね、君」
「イッ、プス…」
「ただね、君の目が物語ってたよ。」

幸村はひざまづく私に顔を寄せた。端麗な顔が私の目と鼻の先に迫る。

「準優勝なんて、堕ちたな、ってね」
「そ、んな、」
「無様だね。その相手に君は敗けたんだ。わかるかい?」
「まだ、敗けてなんか、」

ギリ、と歯を食い縛り真正面から幸村を見れば、幸村は可笑しそうにクス、と笑った。そしてスコアボードを指差した。

「6-0。ラブゲーム。この意味、わかるだろ?」

無様だね、みょうじさん。

この言葉と現実を最後に私の世界は暗転した。どこか遠くで真田が私を呼ぶ声がしたが、私の気は、暗闇に堕ちた。気絶。メンタル面の傷が一気に押し寄せたのだろう。

だが私は、この暗闇のどこかで高揚感を感じている。

また試合をしようか、みょうじさん。

幸村がそう笑ったのを私は暗闇の中で感じた。




(完璧なテニスをする幸村とは相性が悪かった最強だった女の子が、唯一背を追わせてくれる幸村に選手として惚れ込むきっかけになるお話)

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