短編 | ナノ




※このお話は恋愛シミュレーションゲーム「三/国恋/戦/記」をもとに書いた夢小説です。ですが、主人公である女の子を主軸に書かれたお話ではないので、そういった設定に嫌悪感を抱かれる方は読まれない事をお勧め致します。








私は忘れ去られた、一人の女だ。

ここに来る前の世界で何をしていたのかは全くもって思い出せない。ただ、私はここの世界で元々生きていた住人でなかった事だけは覚えている。今私は、なまえとして、孟徳様が居城している現在の都、許都の城に侍女として仕えているのだ。何故このような言い回しをするのかというと、なまえとは、元々私の世話をしていた侍女の事だからだ。私は彼女に成り代わってしまった。元々、とある本のお陰で孟徳軍で軍神天女と持て囃されていた私は何一つ不自由なく生活していた。前の世界の事はあまり覚えていないのだが、確かそれが私の望みだったからだと思っている。

そんな時、私の本はどこかの間者によって燃やされた。

本の事は別に気にしていなかった。ただ、ああこれで私は軍師として居られないなとか、確かそんな暢気に事を考えたような気がする。だが、その時に一緒にいたなまえに庇われた私は、何故か、なまえとして扱われるようになってしまっていた。霧のように四散したなまえの様子を思い出しながら、ああ、これはまずいぞと、卒倒したものだ。顔や姿形は自分のままだったが、存在だけ、なまえになっていたのだ。

それから生活が一変した。

なまえは孤児だった所を文若様に拾われ、教養を身につけたらしい。勿論、帰る場所も文若様の邸の離れであった。兎に角驚いたのは、この世界では死んでも死んでも、また最初から"物語"が始まる事だった。だから私は、死ぬ度に、薄汚い姿で文若様に拾われる所から始まる。そして、文若様の不器用な愛情を受けながら育つのだ。

そこでわかった事が一つ。この世界はあの本の持ち主の為の世界らしい。本の持ち主によってこの世界の道筋は決まっていく。だから玄徳軍が霊帝を抱え込んで上の地位を確立する事もあれば、仲謀軍が江南から北上してきて玄徳軍と協立し、天下を治める事もあった。勿論、孟徳様が許都から離れ、別の場に政治の中枢を築き、実質的に天下を手中に治める事も、あった。全てその勝ち上がった軍には、本を片手にした、武人なり軍師なりがいたのだ。そういえば、何度目の事からだったか、蜀の雲長さんが若い男に成り代わっているようだ。きっと彼も私みたいになってしまったのだろうか。話した事はないので、詳しい事はわからない。

まあそれはさておきだ。前置きが長くなってしまったが、文若様の不器用な愛情を一身に受けた身である私は当たり前のように恋愛心が募っていっていた。ぎこちなく撫でてくれる手とか、私を見た瞬間に少しだけ細まる目だとか、全部ひっくるめてとても愛しいのだ。まあもとから目は細いから、それは微々たるものであったのだがいつも顔をあわせる私にはわかってしまう程には文若様と過ごしてきたのだ。

「(だからといって、文若様と結ばれる世界は訪れないけど)」

なまえはぼんやりと宙を見ながら小さく息を吐いた。彼は絶対に、独身を貫き通す。私とはあくまでも、親子関係であり続け、それを少しも崩しはしない。でも最近はそれでもいいと思っている。ずっと、死ぬまで一緒にいられるのなら、それでも。

でも今回の世界でそれは揺らいだ。

「………本当、なんで拾ってきちゃったかなぁ」
「やっぱり根に持ってる?」
「いいえそんなことはございませんわ」

地獄耳かよ、となまえはまた小さく溜息を吐いた。言い忘れていたが、今私は孟徳様の執務室の片付けを任されていた。孟徳様はというと、ちょこまかと働く私を執務机で肩肘をつきながら面白そうに見ている。その孟徳様が拾ってきた、"女の子"。間違いなく、"あちら"の世界の女の子だ。制服だったし、孟徳様があの本を持っていたし。一体何のつもりだろう。

「今何のつもりだろうって思ってる?」
「そんなまさか、とんでもございません」
「やだなぁ、俺の前で猫被る必要ないのに」
「何をおっしゃられますか、一番猫を被らねばならぬお相手でございますでしょう」
「うんうん、いいね、それでこそ君だね」

そして私は不思議に思っている事がある。

どんなに生まれ変わっても、この人は私の名前を呼ぼうとしない。呼びつける時には仕方なく呼んでいるみたいだが、顔を合わせて会話する時には必ず君と呼んでくる。しかも生まれ変わって初めに顔を合わせると、毎回、この人は不思議そうに私に質問するのだ。

「あれ?君がなまえちゃん?」

生まれ変わってからは会った事がない筈なのに、やはり、初対面の時には必ず言うのだ。何故そんな事を聞くのか、私は何故か少し怖くて聞けずにいる。

「それにしても、文若がああも気に入る女の子って珍しいよね。甲斐甲斐しくお手伝いまでさせちゃって」
「……孟徳様も、あの女の子の事が随分お気に入りのようで、孟徳様を慕う他の侍女達は阿鼻叫喚でございますわ」
「君も?」

私は片付けをしていた手を止めた。

「……そうでございますね、妬けてしまいますわ」
「……そんなに文若が好き?」

バレているらしい。私はわざとらしく溜息を長々と吐いた。

「養っていただいている、親なのですから、当たり前です」
「嘘だね」

私はぐっ、と息を詰まらせた。孟徳様の目はまるで射抜くように鋭く、真っ直ぐだ。まるで嘘を許さないように、私を見ている。

「どこで間違っちゃったのかな。文若に嫉妬する日がくるなんて思わなかった」
「………なんの、話でございましょう」

孟徳様は小さく、笑った。

「どっかが可笑しいんだよね。君との出会い方って、もっと突飛だった気がするし、それから軍議がある度に、君の姿がそこにない事に違和感を感じる。君は絶対に軍議に参加していた気がするし、戦にも出ていた気がする。侍女なんてしていなかったような気がするんだ。最初から侍女としてここにいるっていうのにね」

私はひゅ、と息を詰まらせた。私は戦のど真ん中の孟徳様のそばに光とともに現れて拾われた。確かに突飛だっただろう。まさか、この人は。

「ここまで、ここまで出かかってるんだけどね。"君の名前"」

喉あたりをとんとん人差し指で叩きながら、孟徳様はにっこりと笑った。それに反して私は真っ青になる。今、今なまえの立ち位置を失ったら、私は、私は、

「……文若様の、お側に、いられない」
「……そんなに文若が好き、か」

孟徳様は顔から笑みを消すと徐に立ち上がり、ゆっくりと私の目の前まで歩み寄ってきた。私は恐怖のあまり動けないでいる。そんな私の体を孟徳様はかいぐりよせた。私の体はいとも簡単に孟徳様の腕の中に収まる。見た目よりも逞しい胸と腕を感じながら押し返してみるが、びくともしない。私は頭の中が真っ白になった。それを見ていた孟徳様は、私の手のひらをそっと持つと、自身の唇を押し当てて、少しだけ悲しそうに、笑った。

「……君は忘れちゃってるの?」
「え、」
「俺は覚えているのに」
「そんな、こと、」
「いつ、言ったのかは俺も覚えていないよ。でも、確かに言った事実は覚えているし、約束もした」

君が忘れてと言っても、俺は君のことずっと覚えてる。これは絶対だよ。

「っ、」

私は思わず孟徳様の手を振り払ってしまった。だがまた間髪入れずにぱしりと掴まれる。先程よりもぎゅっと力を入れられて、もう振り払えそうもない。

「そして君は俺と取引した筈だよ。軍師として知恵を与える代わりに、衣食住を提供しろって。俺はそれをのんだ。"俺のもとにずっといる事"を条件に、君も応じた筈だ」

そうだ、そうして、孟徳様は笑って、

「離さない。君と、ずっと一緒にいたい」

記憶の中で、取引をした後に孟徳様が言った言葉と、今しがた孟徳様が真剣な眼差しで囁いた言葉が合致した。

そして私の名前を、孟徳様は嬉しそうに呼ぶのだ。

「 」

私の耳元に唇を寄せた孟徳様の声が私の名前を呼んだ瞬間に、私の視界は暗転した。





(孟徳様視点も書きたかったけど断念した)

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