短編 | ナノ





「……トレーナーズスクールだ」

私は目の前にそびえる建物を臨みながら、ぼそりと呟いた。まさか、ジムとトレーナーズスクールが一緒になっているとは。中からは小さく話し声が聞こえてくる。まさか、授業中なのだろうか。少しだけ、入るのを躊躇ってしまう。

「……うーん…授業中なら…出直した方が…」
「またアンタ?」
「わああ!ごめんなさいごめんなさい!覗きとかではないんです決して!!」
「ちょ、落ち着いてよ」

急に咎めるような声が背後から聞こえてきた事に驚いたなまえは、瞬時に謝る事を選んだ。思い出されるのはタマムシシティのジムを覗いていたおっさんの末路。あれは残酷という言葉がぴったりな、まさに罰という所行であった。私はそんな末路を辿りたくない。謝るが勝ちだ。そんな事を瞬時に考えたなまえは、がばりと頭を下げた。それに対して頭上から降ってきた声は困惑に溢れている。…というか、どこかで聞いたことのある声だ。ついさっき、聞いたような。ねえ、頭あげなって、と再度たしなめられたなまえは、恐る恐る顔をあげた。そして視界に入った顔に、あ、と小さく声を漏らした。

「さっきの、船着き場の…」
「アンタ、ことごとく俺の出口入り口塞ぐよね」
「いや、あの、故意的では…」
「まあ何でもいいけど。とにかく退いてくれない?俺、この中に用があるんだけど」
「あっ、もしかして君もジム戦?!」
「は?」

仲間がいた事に喜びを隠せないなまえを、少年はとても不愉快とばかりに眉をしかめた。そんな顔をしなくたって。腰にモンスターボールをセットしているのだから、トレーナーで間違いはないだろうに。

「とにかく、俺は中に入るから。じゃあ」
「えっ、あっ、ちょっと、」
「菊丸さーん大石さーん」

気怠げに人の名前を呼びながらトレーナーズスクール兼ジムのドアを開けた少年は、ずんずんと中に入っていってしまった。これを逃せばもう数分ほど中に入り辛くなる状況が続くかもしれないとふんだなまえは、少年の背に着いていくように恐る恐る建物の中に入る。それをちらりと視界に入れた少年は、早く来なよと言わんばかりに首をふい、と振ると、玄関のそのまた向こうの廊下に向かって歩いていってしまった。ちょ、早い!

「おや、越前じゃないか!どうかしたのか?」
「手塚さんから、頼まれてたポケモン」
「ああ、あれかぁ。わざわざ悪いな、越前」
「いいっすよ別に。俺もカントーに用があったし。菊丸さんは?」
「英二なら、生徒とバトルの練習してるよ。……あれ?そちらは?」

廊下にいくつかある扉の内の一つから顔を覗かせたのは奇妙な髪型をした人だった。……触覚…?いやまさか、そんな、…触覚…?いやまさか、と何度も自問自答していたなまえは、急に向けられた視線にびく、とは肩を揺らしてしまった。少年に助けて貰おうと視線を向けてみたら、なんと少年はすたすたと奥の部屋に向かっていくではないか。まさかの、放置。気まずい。

「あ、の、私、」
「あっ、もしかしてタカさんが言ってた子かな?ジム戦かい?」
「あっ、はい!そうですそうです!」

タカさんという名前にはとても耳覚えがある。あのフレンドリーショップ店員さんだ。確か研究所の桃、と呼ばれた人がそう口にしていた気がする。まさか話を通してくれていたとは。人見知りをしてしまう私にはとても有り難い事である。後でお礼を言いに行こう。

「ジム戦なら、奥に専用のフィールドがあるから、そこまで案内するよ。しかし見ない顔だな」
「あ、私カントーのマサラタウン出身で…ここにはジム戦巡りに…」
「マサラタウンかぁ…いい所だよなぁ。ま、クランベリータウンも、負けちゃいないんだがな」
「はい、フレンドリーショップの店員さんとか、とても優しい方でした」
「あはは、こりゃ照れるなぁ」

自分の事ではないにも関わらず、とても嬉しそうに笑う姿に、この人もとても優しくて、そしてとてもこの町を想っている人なんだなぁ、と暖かい気持ちになる。なんだ、フレンドリーショップの店員さんが言っていた癖のある人なんていないじゃないか。これならここのジムリーダーもサブリーダーとやらも優しい人である事を期待出来る。なまえはそんな事を思いながら前を歩く触覚髪型のお兄さんの背に倣い、廊下の一番奥にあった大きな両開きの扉をくぐった。後にこの事を後悔する時がくる事も、フレンドリーショップの店員さんが、でも"ここの"ジムリーダー達は優しい人だよ、と言っていたことを忘れていることも、今のなまえには知る由も無いのである。

「おーい英二!挑戦者だよ!」
「えっ、まじで?!ひっさびさじゃん!どの子どの子?」
「(例に漏れずイケメンジムリーダーだなぁ)」
「そういえば、君の名前を聞いてなかったね。名前は?」
「あ、なまえです。マサラタウンの#name1 #」
「マサラタウン?」

反応したのは、私を置いてすたすたと奥の部屋まで来ていた少年だった。何故か不穏な声色で反応した少年は、ジムリーダーのそばから離れると私の方まで歩いてきた。

「ねえ、じゃあアンタさ、レッドって人、知ってる?」
「えっ、レッド?」

レッドとは私と同時期に旅に出て同時期に苦楽を共にした友人の事である。レッドとグリーンと私。マサラタウンではちょっとした有名人だ。なんたってあんな事件に関わってしまったのだから。
それはまあ置いておいて、私が心当たりがあるような反応をしたものだから、少年はにやり、と口角を上げた。

「知ってるんだ」
「まあ、知ってるもなにも、友人ですよ。レッドがどうかしたんですか?」
「今あの人がどこにいるか教えてくんない?」

私の返事にどこか楽しげにしている少年に私は少しだけ、レッドに似た何かを感じた。まさかこの子もレッドと同じでバトル狂なのだろうか。まあ、今レッドのいる場所に辿り着けるかはこの少年の手腕だろうし、教えてもレッドに迷惑はかけないだろう。そう考えたなまえも、にやりと笑みながら口を開いた。

「シロガネ山」
「…ふーん、ありがと。それともう一個。そこはカントーのバッチを揃えてないと行けないの?」
「勿論。あと、四天王に勝たないと駄目ですね」

私の返事に、少年はとても楽しげに笑った。

「大石さん、手塚さんに言っといてよ。3週間で帰るって」
「なっ、越前!」
「それじゃ、ありがと。出入り口を塞ぐ人」
「そんなあだ名付けないでください…」
「おチビだけいいな〜」
「英二も!こら越前、手塚が黙っちゃいないぞ!」
「大丈夫っすよ」

何故か少年はちらりと私の方を見てまたにやりと笑った。

「一ヶ月かかるみたいだから」
「?」

それだけ言い残して、少年はひらひらと手を振るとジムを出て行ってしまった。大石と呼ばれた人は未だ止めようとしていたが、ジムリーダーさんが呆れたように笑いながら、おチビは頑固だから無駄だよ大石、となだめている。

「全く、越前のやつ…あの放浪癖はどうにかならないのか…」
「あっ、そうだなまえちゃんは挑戦なんだよね?!ほら大石!準備準備!」
「あっ、こりゃいかん!待たせてしまってすまない、なまえさん」
「あ、いえ、お構いなく…」

ようやくジム戦をしてくれるようだ。とても楽しそうに腰にセットしてあるボールを確かめているジムリーダーさんと、あたふたとまばらにいるポケモンと戯れていた子供たちをフィールドから追い出している大石さんを見て、私もやっと緊張感が襲ってきた。かたり、と私の腰のボールが動く。そういえばサブリーダーって誰なんだろうか。ここのジムリーダーのタイプもわからない。行き当たりばったりだ。そわそわと辺りを見回せば、子供たちがわくわくしたような目でこちらを見ていることに気付いてしまった。

「(めっちゃ見てる…)」
「なまえさんごめん、待たせたね!この地方の始まりのジム、クランベリージムへようこそ。俺がサブリーダーの大石秀一郎だ」
「えっ、サブリーダーだったんですか?!」
「ああ、言ってなかったね。ごめんごめん。ちなみに、この地方ではサブリーダーに勝って初めてジムリーダーへの挑戦権を手にできる。大丈夫かい?」
「は、はい…」
「じゃあ、まずはノーマルタイプの使い手である俺が相手だ!使用ポケモンは二体。二体とも戦闘不能になった時点で負けになる。交代は挑戦者のみ可能だ。準備はいいかい?」

フィールドの真ん中で相対する大石さんは先程と違い少し鋭さを含んだ視線を此方に向けてきた。どっと、緊張感が増す。ああ、この感じ、懐かしい。はい、と静かに返事をすれば、フィールドのトレーナーが立つべき位置に行くよう促される。使用ポケモンは二体。最初は、

「クランベリージムサブリーダー大石秀一郎とマサラタウンのなまえ、試合、始め!」
「いってこい、ハピナス!」
「頑張って、ライチュウ!」

威勢良く、二匹の鳴き声がフィールドに響いた。

×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -