短編 | ナノ





カントーのクチバシティから定期的に出る高速船に揺られて2時間弱。どの地方よりも小さく、どの地方よりも閉鎖的な場所。その名もスティッキ地方。ここは緑豊かでどこかマサラタウンを彷彿させるような、そんな田舎であるのだが、とある噂が囁かれている。

もしかしたら、どの地方のどのジムリーダー達よりも強く逞しいジムリーダーが揃っているのではないか、と。

実際、その島は4つの小さな地域に分けられているようで、各々二つずつ、ジムがあるらしいのだが、他地方と比べて違うのが、サブリーダーの存在。ジムには何人かのジムトレーナーが所属しており、その人達を倒し初めてジムリーダーに挑戦出来るのが一般的であるのだが、なんと、この地方のジムはサブリーダーを倒し、そして次にジムリーダーを倒すシステムらしいのだ。2人倒せばジムバッチが貰える、というのは何とも魅力的な話なのだが、そこは間違ってはいけない。サブリーダー、そう、サブとはいえどもリーダーという異名を持っているだけあり、ジムリーダーと同等程の力を持っていると言われているのだ。なんとも過酷な。そしてその4つの小さな地域を制覇し、その先にそびえているのが、この島の四天王達がいる場所、そう、リーグだ。またこの四天王達が強いと実しやかに囁かれている。聞いた話では、その四天王を制覇出来たのはそこの地方出身の男の子1人だけ、らしい。実際その男の子が現時点でのチャンピオンであるらしいのだが、その姿はメディアに取り上げられる事はなく、本人も拒否しているらしい。どこぞのバイビー野郎とは雲泥の差だ。しかしそのバイビー野郎も今となっては落ち着いているのだが、まあその話はおいおいと。

「無事着いたよー、うん、うん、だから感謝してるって!残念でしたねー、ジムリーダー様は何日もジム空けれないですもんねー!いやあ役得役得!元チャンピオン兼ジムリーダー様と仲睦まじくあると得するってね!…あ、はい、すみません調子乗りました、あの、はい、必ずお土産持ってかえりますんで、はい、一か月、一か月でリーグ制覇するから!うん、うん、……頑張る、ありがとう。じゃあ、グリーンも仕事頑張ってね、じゃあ」

ぷつ、とポケギアの通話ボタンを押した。ツーツーツー、と無機質な音が小さく聞こえる。私は少し過保護でお母さんのように世話焼きな友人の心配の言葉に苦笑を漏らした。グリーンがレッドを親身になって案じているのは長年見てきてわかっているのだが、自身にもそれが向くとは。どこかこそばゆいというか、なんというか、くすぐったい気持ちになる。これはちゃんと成果を出さなければ。私はセイシュン地方の始まりと終わりの町と言われているクランベリータウンの船着き場に立ち尽くしながらも、小さく拳を握り、グッと力を込めた。

「ねえ、そこに立たれると通れないんだけど」
「う、わ!すみません!」

その時に突如背後から聞こえた声。
まだ幼く、だがとても落ち着いた声にどこか既視感を覚えたのだが、知り合いな訳もなく、急いで船着き場の出口から退けば、私に声をかけてきた少年は訝しげに此方を見ながらスタスタと歩き去ってしまった。腰にはボールがひとつ。なんだろう、この町の住人だろうか。私は足早に去っていく少年の幼くもどこか力強い背を見ながら歩き出した。

確か、この町にもジムがあった筈だ。こののどかで穏やかな雰囲気溢れる町に目立つ建物は一つしかない、と船着き場の受付のお姉さんからは聞いているのだが、どこの方向なのか聞くのを忘れてしまった。一応キョロキョロと辺りを伺ってみるが、民家らしきものがぽつぽつとあるだけで、この近くには無さそうだ。船着き場に引き返してお姉さんに再度聞く手もあるのだが、別に急ぐ旅でもないし(グリーンには一か月で帰ると言っているが)ゆっくりと観光とまでは行かずとも新たな地方を楽しみながら進むのもアリなのでは、と思い返し、とりあえずクランベリータウン全てを回る勢いで彷徨いてみる事にした。善は急げってね。

* * *

船着き場から出発して数分、青い看板と屋根が特徴的な建物を発見した。所謂、フレンドリーショップというやつだ。助かった、フレンドリーショップは全国共通らしい。私はリュックを持ち直すと、フレンドリーショップの自動ドアをくぐった。

「いらっしゃ、あれ、見ない顔だね」
「あ、私カントーから今日ここに来まして」
「そうなんだね。何にも無い場所だけど、ゆっくりしていきなよ」
「あ、はい」

茶髪を角刈りにしたような髪型の、とても逞しいが凄く穏やかな店員さんにぺこりと会釈をし、私は旅に必要なポケモンフーズやら携帯食やらを手に取った。品出しをしていたゴーリキーが通路脇に避けてくれた事にお礼を言いつつ先程の店員さんのいるレジに向かう。礼儀正しいゴーリキーだなぁ。この店員さんが育てているのだろうか。人の好い笑みを浮かべながらレジに立つ店員さんに、私がお願いします、と言いながら商品を出せば、店員さんはまたにこりと笑った。

「いやぁ外からのお客さんは久々だなぁ」
「そうなんですねぇ。やっぱり見ない顔だとわかるものなんですね」
「まあ来る人が限られてくるからね。ここのジムリーダーとか、隣町のジムリーダーもよくここに来るよ」
「えっ、隣町のジムリーダーも?」
「昔から仲がいいんだ。あとは、」
「タカさーん!おつかいにきましたー!って、誰だ?」

穏やかに話していた中に元気な声が響いた。ウィーン、と鳴りながら開く自動ドアの向こうにいたのは黒髪がツンツンした青年。なんとも元気そうな人である。店員さんは、小声で、彼とかね、と呟きながら苦笑した。

「やあ桃。乾に頼まれてたものならもう来てるよ。ゴーリキーが運んでくれると思うけど」
「いつもありがたいっすよー!そんで、姉ちゃん見ない顔だな」
「えっ、あ、カントーから今日ここに来まして」
「へぇ〜物好きなんだな!隣町のカトレアシティに研究所があるから、暇があったら来てみるといいぜ。タカさん、ちょっとゴーリキー借りますよー!」
「ああ、いいよ。いつもご贔屓にありがとう、桃」
「こっちこそ、ありがたいっすよ!じゃあ!」

まるで竜巻のようであった。
私はぽかんと青年の後ろ姿を追い、頬を引きつらせた。なんとも元気というか、いや、うん、明るく元気な事はいいことだと思う。うん。タカさん、と呼ばれていた店員さんもまた苦笑しながら、品物の入った袋を私に差し出した。それに我に返り、なまえは慌てて袋を受け取る。

「桃は慌ただしいからなぁ。なんかごめんね」
「いえ…元気なのは…いいことです」
「あはは、元気過ぎるのもアレだけどね。桃は隣町のカトレアシティにある研究所で乾博士の助手をしてるんだ。色々この島について教えてもらえると思うから、暇があったら行ってみなよ」
「あ、はい、わざわざありがとうございます。あっ、ちなみにこの町のジムってどこにあるんですか?」
「ジムならここを出て左に真っ直ぐ行けば建物が見えてくるはずだよ。ジム戦かい?」
「はい!それが目的みたいなものですかね」

ぐっ、と力を込めながらジム戦である事を言えば、店員さんは少し驚いたように瞠目したが、それも数秒の事で、朗らかに表情を崩した。なんていうか、とても優しい人なんだなあ、と思ってしまう。

「いやあ、楽しみだなぁ。ここのジムを巡る人って滅多にいないから」
「えっ、そうなんですね」

驚いたように声をあげれば、店員さんは困ったように、田舎だからね、と呟いた。成る程、言っては悪いが、こんな辺境に来てまでジム巡りをする人は少ないということか。

「多分、楽しいと思うよ。俺は仕事柄、全地域のジムリーダーと顔馴染みなんだけど、…うん、みんな個性的だ」
「個性的……嫌な予感しか…」
「あはは、まあ、悪い奴らじゃないから大丈夫だよ。そしてここ、クランベリータウンのジムリーダーは、とても優しいよ。勿論、サブリーダーもね」
「信用出来ないですよー…さっきの言葉のせいでー…」
「あはは!大丈夫大丈夫、本当だから!じゃあ、ここで足止めしちゃってごめんね。頑張って!」
「う、はい、ありがとうございます…」

ジムリーダーって本当、まともな人がいないのか。いや、カントーのジムリーダーはまだまともな気が…あ、忍者とかいたわ。あとクイズ好きのおっさんとかいるわ。そんなジムリーダーに出会ってきた私に死角はないんじゃないか。そうだ、そうだよ、頑張れ私。
そう自分に言い聞かせながら、私は店員さんに感謝の言葉を述べて店を後にした。そして店員さんに言われた通り、左に向かって歩き始めた。

最初の一歩、久々に感じる初心は不安しか感じない物になってしまったが、グリーンのおつかいの為にも頑張ろうと思う。

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