短編 | ナノ





「陽玉さまーー!!」
「騒々しいですよ鳥頭二号!!そして私は玉です!!」

欧陽邸。
どたばたと飛び込んできたのは菅飛翔の傍家筋の娘、なまえだった。菅飛翔にそれはそれは懐いていて、ある日黒州にある実家を飛び出し一人貴陽まで赴いていたのだ。因みになまえは極道のお家柄武芸に長けており、馬もそこらの下手な近衛兵よりかは扱える。そんなじゃじゃ馬娘が何故か、菅飛翔と同じくらいに懐いてしまったのが、菅飛翔の直属の部下、そして菅飛翔とは真反対な欧陽玉であった。今日も今日とて勝手に忍び込んだらしい。前までは家人も慌てていたが、今では微笑ましく見守るに徹したらしい。玉も玉で不快ではないのか、あっさりとそれを受け入れているものだから、これまた家人達の噂話には花が咲いた。実際はただ諦めたというのが正しいのだが。

「今日は何の用ですか、なまえ」
「あのですね、化粧とか、身嗜みを、陽玉さまにご教授願いたいのですが!」

玉は驚きに瞠目した。このじゃじゃ馬娘は言葉通りのじゃじゃ馬娘だった。身嗜みにはてんで興味なし。馬に乗り駆け回っては泥だらけになって笑っているようなお転婆娘だった。それが、お洒落に興じ始めた。どういう事だ。玉はぴしりと固まったままなまえを凝視してしまった。それをどう勘違いしたのかわからないが、なまえは頬を赤らめてもじもじし始めた。

「あの、好きな人が出来たんですけど、飛翔兄様にどうしたらいいかって聞いたら、お洒落でもして花でも持ってけって言うから」
「な、な、」

またしても衝撃が走った。
なまえに、好きな人。考えられない。何故か心の奥がちくりと痛んだ。玉はふるふると頭を振って自分を正気に戻す。いや正気に戻すべきはこのじゃじゃ馬娘だ。

「あなたね、……なんですかその顔は」
「いひゃい、いひゃいでひゅ」

でろでろに緩みきった笑みを浮かべていたなまえにイラッとした玉はなまえの頬をこれでもかと引っ張った。びよんと面白いほどに伸びる。しかし触れて気付いたが、意外にもなまえの肌は柔らかい。もちもちである。意外にも化粧映えするやもと考えた玉は、頬から手を離した。だがそれさえも効かないのか、未だにへらへら笑っている。それにまた無性に腹がたった。

「ふん。いいでしょう。そのお転婆な見てくれ、どうにかして差し上げます」
「わあ!陽玉さまやっさしー!お願いします師匠ー!」
「玉です。そして誰があなたみたいなじゃじゃ馬娘を弟子にしますか。そこらの石ころを磨いて弟子に仕立て上げる方が随分マシですよ。さあ、こっちに座って」

鏡台の真ん前の椅子を引きながら座るよう促せば、なまえはまたもじもじしながら座った。それにまた頬をひきつらせる。

「本当に気持ち悪いですね…いつもはどかどか尻に鉛が詰まっているかのように座るくせに」
「よっ、余計なお世話ですー!」

喋りながらも、雑に上に一纏めにしてあった綺麗な黒髪を解いて指ですいていく。意外にも、さらさらと指通りが良く、玉はまた驚きに瞠目した。そして、少しだけ火がついた。

「なまえ、私に任せるからには、徹底的にいきますよ」
「えっ、あ、ああ、はい…」
「……何ぼんやりしているんです。いつものアホ面が三割増です」
「うう……」

髪を下せばそれなりに見える。玉はまた感嘆の息をついた。玉は手に椿油を馴染ませると、するすると髪を二つに分け、これまた器用に編み込んでいく。なまえにお姫様のようにごてごてとした髪型は似合わないと思った。下で揺らしている方がなまえらしい。所々に玉響の簪を挿していき、残った髪の毛は下に下ろした。それをまた編み込んでいく。

「(これだけでも良家の子女に見える)」

玉は鏡に映るなまえをちらりと見て、次は顔に取り掛かった。

「いいですか、なまえ。あなたはまだ若い。白粉は必要ないでしょう。目鼻もくっきりしていますから、厚化粧は要りません」
「は、はぁ」
「そうですね、紅白粉を少し頬にのせる程度でよいでしょう。目元にも紅をさして……」
「?どうしたの、陽玉さま」

馬子にも衣装だと、言ってやるつもりだった。だが、自分の手で美しくすればする程に彼女は女性に変わっていった。首を傾げる仕草さえ、美しく見えてくる。

玉は無言のまま、指に艶紅をとった。

それをぷっくりと熟れた果実のような薄い桜色の唇にそっと這わした。なまえもぴしりと固まったまま動かない。はみ出ないよう、丁寧に丁寧に、撫でるように、紅をさす。

「…………どうですか」
「えっ、あ、ああ、あのっ、これ、誰……?」
「……あなたですよ馬鹿娘。馬子にも衣装ってやつですね」
「ひ、酷い!」

玉は、何故かホッとしてしまった。どう着飾ってもなまえはなまえのままだ。アホ面とは程遠くなってしまった顔を見つめながら、ふ、と息を吐くように笑った。

「さあ、お行きなさい。今の姿なら少しは見込みがあるんじゃないですか」
「本当ですか!?じゃあ行きましょう!」

椅子からガタリと立ち上がったなまえはそのまま玉の手を取り引っ張り始めた。突然の事にギョッとした玉は慌ててその手を止める。

「なっ、私も連れてどうするつもりですかこの馬鹿娘!」
「えっ、だって、花を手折るのは私が嫌なので、花畑に連れていった方がいいかなって」
「だから何故私まで!」

その言葉になまえはきょとんと首を傾げた。そして事もなげに口を開く。

「私が好きなのは玉さまですもの。玉さまを連れて行くのは当たり前でしょう?」

玉は瞠目した。

「……この馬鹿娘。こんな時にきちんと名前を呼ぶなんて高等術どこで教わったんです」
「え!?」
「仕方ないので、ついていってあげますよ。私を満足出来るほどの場所があるとも思えませんがね」

玉のその言葉に、なまえは満面の笑みを浮かべた。そしてまたぐいぐいと玉の腕を引っ張り始める。どんな花畑に連れていかれようが文句を言う気満々な玉は、あなたの満面の笑みたる大輪の花はありませんよという言葉だけ、用意しておくことにした。





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ませう様リクエストの、欧陽玉を美の師匠と仰ぐ、でしたけれど……コレジャナイ感半端なくないか?と一人首を傾げています。ませう様のエンジェルとなりうる玉さまを書けているのか凄く心配なんですけれども!欧陽玉初心者ということでここはひとつ!すみません!苦情受け付けてます!ありがとうございました!!(怒濤の土下座)
勝手ながら、此方をもってませう様への返事とさせていただきます。毎度お馴染みの親愛なるませう様へ。リクエストありがとうございました!

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