兵長と2人っきりになると何を喋っていいか分からなくなるって話をペトラにしたら、兵長と2人でお留守番させられた。
ペトラより酷い女は絶対にこの世に存在しないと思う。

キッチンでお湯を沸かしながら、必死に話し掛けるネタを考えていた。
遠目に兵長の様子をうかがうと、椅子に座りながら本を読んでいる。
読書の邪魔をしてまで話し掛ける必要もないし、とホッと息を吐いた。

(でもまあ、コーヒーくらいは…)

私のコップの隣に兵長のコップも用意する。
コーヒーの蓋を開け、ふと手を止めた。

(兵長って、ミルクと砂糖いれるのかな?)

ちらりと兵長を見る。
どうみても「ブラックしか飲まねぇ」って顔だ。
兵長はブラック。うん、絶対ブラックだ。
聞けばいいものの、それすら怖くて勝手に決め付けた。
自分用の砂糖とミルクたっぷりのコーヒーと兵長用のブラックのコーヒーを持ち、兵長の向かい側に腰を降ろした。

「どうぞ」

コトッと差し出したコーヒーをちらりとも見ずに兵長が手を掛けた。
一口飲んで、兵長の手が止まった。

「…ブラックか」

眉間にぐっと皺を寄せる兵長に顔が青ざめる。
…え?まさかの甘党?

(ど、どうしよう…!!!)

その眉間の皺がどうかコーヒーの苦さのせいであって欲しい。
「てめぇ勝手にブラック淹れてきてんじゃねぇよ」って意味の皺だったら、もう怖すぎて一緒にいれない。

「す、すみません!私のと交換しましょう!ミルクと砂糖たっぷりなんで!あ!私、ブラックでも全然大丈夫なんで!」

慌てて自分のコーヒーを差し出せば、兵長が少しだけ驚いた表情を浮かべた。
その表情を見て、ハッと気付いた。

…ああっ!もうなにやってんだ私!!!!
潔癖性の兵長が私のコップに入ったコーヒーを飲めるはずがないじゃん!
しかも兵長なんてコーヒー口付けてるし、それと交換とか私変態じゃん!!!!!

「す、すみません…。今すぐ、淹れ直してきます…」

半泣きでコップに手を掛けようとした瞬間、兵長が私のコップを手に取った。

「勿体ねぇからこれでいい」

こくりと喉を通る音が聞こえ、中途半端に腰を浮かせたままの変な格好で兵長を凝視した。
兵長が、飲んだ?
私のコップに入ったコーヒーを、今、飲んだ?

「オイ、アイル」
「は、はい」
「うぜぇから座れ」

きっと睨まれ、反射的に腰を降ろす。
ちょっと、色々ありすぎて頭がついていかないんですけど、とりあえず私はこのコーヒーを飲めばいいんでしょうか?
兵長が口を付けたコーヒーを…私が!?

「嫌なら捨てろ。そして洗え」

固まる私を見て察したのか、兵長が本に目を通しながら呟いた。
そ、そんなこと言われて捨てるとか絶対無理でしょ…!
っていうか、全然嫌じゃないし、本当は兵長のことだって怖くてちょっと萎縮しちゃうってだけで嫌いとかそういう訳じゃないし…。

「い、いただきます」

意を決して、こくりと一口飲んだ。
瞬間、「間接キスだな」なんて言葉が兵長の口から飛び出してきて、ゲホッと咳き込んでしまった。
兵長を恐る恐る見れば、少しだけ口角が上がっている。

(…この人、笑うんだ)

2人きりのお留守番も、たまにはいいかもしれない、なんて一瞬思ってしまった。
だって今日一日だけでも、私の知らない兵長の一面がたくさん見れたから。
兵長って、思ってたよりも怖い人じゃないのかも。

(…ペトラ、あんなこと言ってごめんね)



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