「送ってくれて、ありがとう」
そうニコリと笑うアイルの瞳の奥が、暗く沈んで見えた気がした。何故、今この瞬間にアイルの中に潜む闇を感じたのだろうか。扉の向こうに消えていくアイルの背中を目で追いながら、胸がざわめいた。ふいに、エルヴィンの部屋を見上げる。
(ハッ…嘘だろ?)
息が、止まる。 カーテンの隙間から、エルヴィンが俺を見下ろしていた。
“アイルに近付くな”
そう、忠告しているような冷たく歪んだ表情だった。長いこと一緒にいたが、こんなエルヴィンを俺は一度も見たことがなかった。
アイルは自分の中にある闇を唯一知る、エルヴィンを一番に頼っている。ずっとそう思っていた。それがエルヴィンと俺との“差”だと。 だが、俺は間違っていた。アイルはエルヴィンを頼っているんじゃない。
アイルは、エルヴィンに縛られている。
その答えに辿り着いた瞬間、腹の底から静かな怒りがふつふつと込み上げてきた。嫉妬ではない。純粋な怒りだ。
ただの勘だと言ってしまえばそれまでだが、アイルの沈んだ瞳とエルヴィンの歪んだ表情を見る限り、そうとしか考えられなかった。
アイルはエルヴィンの何に囚われているのか。あの2人の間に何があるのか。考えても思い当たる節が見当たらなかった。アイルを解放してやりたいと思う一方で、俺はアイルの肝心な部分を何も知らない。 苛々だけが募ってゆく。
依然、カーテンの隙間から俺を見下ろすエルヴィンを睨み付け、俺はその場を引き返すしかなかった。
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