何ヵ月かに1度、白い菊の花を買いに来る客がいる。 前髪を真ん中からキチッと分け、首に白いスカーフを巻いている小柄な男。ジャケットの後ろの翼のマークが調査兵ということを認識させた。 買う本数が戦死した人の数だということは、簡単に想像できた。買いに来る日は決まって、街に鐘が鳴り響く日―そう、壁外調査から帰ってくる日だったから。彼が頼んでくる数の多さに、毎回酷く胸が傷んだ。 カラン、とベルが鳴り、扉を見ると彼が立っていた。 「…その花を、137本くれ」 …いつもの倍の数じゃないか。白い菊の花を指差す、彼の顔色がいつもより良くないことに気付いた。それと、覇気がまったく感じられなかった。酷く、傷心しているのだろう。 「在庫がないので、明日でも大丈夫ですか?」 「今日中に、用意して欲しい」 「…分かりました。21時以降になってもよ「大丈夫だ」 悪いな、と彼は足早に店を出て行った。気付くと私は、彼の後ろ姿が見えなくなるまで目で追っていた。 21時ちょうどに、彼はまた店を訪れた。花を手渡す時に、何か言葉を掛けてやりたいと思っていたが、出てきた言葉は、結局『ありがとうございました』だけ。言葉すら掛けてやれない自分に苛ついた。 店を閉め、家に帰ろうと外に出た。彼のあの表情がどうしても頭から離れない。名前すら知らないのに。私は少し頭を冷やそうと、遠回りして帰ることにした。 川沿いを歩いていると、何かが流れてくるのが見えた。―白い菊の花だった。水面が月の光に反射して、キラキラ輝いてる中にゆらゆらと流れる花。その異様な光景に、私は息を飲んだ。―彼だ。彼しかいない。私は、上流へと駆け出した。 …ああ、やっぱり。白い菊の花を1本ずつ、ゆっくりと川に流している彼の姿が見えた。いつもこうやって1人で弔っていたんだ。仲間の死を悼む、彼の姿が月に照らされ、とても儚く、今にも消えてしまいそうに見えた。彼が137本の、白い菊の花を流し終えるまで、私は陰からそっと彼の姿を見届けた。 彼があの人類最強の兵士だと気付いたのは、1ヶ月後の壁外調査に出る日だった。彼を探そうと、初めて店を閉め、外に出た時に、人々の歓声が上がる先にいたのは彼だった。その風貌は、あの夜の今にも消えてしまいそうな彼とは違い、とても勇ましい姿だった。本当の彼を知っているのは、私だけなのだろう。彼を見つめながらそう思った。 |