さんそぶそくですね。

機械的に薄い唇がそれをかくかくと象った。嘘をつけ、おまえはなに不自由なく息を吸って、はいて、言葉さえ口にしているじゃあないか。いえ、さんそがたりないんです。彼はぴしゃりと言い放った。ぐたりとソファにもたれているくせに、運動をしているわけでもないくせに。
すう、はあ。彼は眠る前のように、起きたあとのようにふかく呼吸をした。

「…生きてますかね、私」
「ああ、そうだな」
「ここは酸素が足りていますね」
「さっき足りないと言ったばかりだろうが」
「しぬひとの気持ちになってみたら、うまく息が出来なくて…たりなかったんですヨ」
「また自嘲癖か」
「みんな死ぬんです、未来の展望を思案していたとでも言ってもらいたいですね」

きみも考えてみたらどうですか。そう彼は薄く穏やかに笑った。
そうだな、と思考を巡らす。こいつが、いなくなったら。わたしが、いなくなったら。私は、彼はどうなるだろう。
ああ確かに。胸がぐうと詰まって、息が、しにくい。

「…嫌な、ものだな」
「嫌ですか」
「ああ」
「怖いですか」
「…まあ、」
「若いうちはそんなものですよ」

ふふ、と彼は私の胸中も知らずに年長者らしく穏やかに笑った。かろかろと、口の中で歯に飴が当たって軽い音をたてている。そぐわない、彼が語るその言葉には、あまりにも。

「今でも未知ですからね、怖いのは変わりませんけれど」

いまなら、お嬢様もオズ君もギルバート君もアリス君もいますから。もちろん、きみも。息ができなくてもいいんです。大丈夫でしょう、ね。私も幸せですし。
にこり、と笑う。それがどうにも苦しくて、目線を泳がせる。お前は自嘲ではないといっても、こちらはもどかしいんだ。なにもできない、傍にいるしか。言いながらも相変わらずさまよったままの視線を彼の靴が断ち切るようにひく、と動いた。

「なんです、湿っぽいナァ」
「すまない」
「ああもう…責めたい訳じゃないんですよ、レイム、」

ねえ。彼は苦笑した。そんなに私が死ぬのが怖いですか。自分がなくなるのが嫌ですか。ああ、怖い、いやだ。そんな話も、したくはない。でもなにも出来ない自分も嫌いだ。なあ、ザクス。なにができる。情けなくも私ははっきり、と彼の眼を見つめる。一瞬の間をあけて彼はからからと笑った。

「いいですねぇ、きみは…弱虫を隠さない、いい大人になりましたよ」
「…光栄だな」
「ふ、可愛いげのない!」

ひとしきり、ソファの上でくすくすと笑うと、まだ半笑いのままでついとその眼があげられた。

「そうですねェ、強いていうなら、…きみの、酸素を分けていただけませんか」
「は」
「だから口づけを」
「吐くのは二酸化炭素だ」
「理屈っぽい男は嫌いですよ、」

いいから、ひとくちちょうだい。
そうして触れた唇に求められるまま私は必要なだけの愛をのせた。





たりないならば
(君から分けてもらえばいい)





10.02.09

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