「何故、ですか……」

 ぽつり。言った後で男は荒げた息を収めようと、ぐたりとした身体をさらに弛緩させた。伸びる手足は色付き、随所に甘噛みと唇の薄い跡が残っている。今更な事実、他人の口から改めて聞く彼、知っていたはずなのに顔を歪める表情。ああ許されてはいなかったと知っていたのだ。しかしそれでも愛しいはずの眉間の皴は容赦なく刻印の辺りを刔った。苦しくて、必死で避けつづけた。ゆるされない。眼前に突き付けられるのと心のうちで思うのは不等号である。

 久方振りの出会いに、男は真面目で誠実だった筈の相手を見上げた。その静かな怒りに燃えた眼をみた。そして、そして。何故なのだ、何故そんな怒っている。何故そんなに悲しんだ眼をしている。何故、何故そんな愛おしむように私に触れるのか。
 どうしてですか。それだけが蟠る。

「なぜ、私を抱いたんです」
 先程まで不揃いに上擦った音を吐き出していた唇はその眼と同等に紅い。
「……好きだからだ」
「嘘ですね、私は男ですよ?例え万一君が私を『好きだ』と言っても君が私の素性を聞いたときの反応は、私の犯した罪は、消えない」

 隻眼の男は顔を辛そうに歪めた。ようやく落ち着いた息を長く吐き出して傍らの真白いリネンに包まる。細い身体の線がなだらかに浮き、腹を汚していた液体が布に触れて灰となった。

 その日、砥粉の髪の青年は昔馴染みの白髪を見かけてその場、その偶然と衝動とに流されて事に及んだのだ。口から出たのは事実であり本心。本当に優しい青年は彼を愛している。

 汚らわしい、只のモノですよ私は。以前と違う、きみは明確に知ってしまった。私はきみとは違うんだ、汚らわしいものだ。知っているでしょう。事実を受け入れながらシーツの中から泣きそうな声で訴える。優しい青年はその誠心を以て答えた。

「それでも、愛おしいんだ」
「何故、です……」
「理由はない」
「レイム、君は間違ってる。今引き返せば今の私のように自分を欺く道化者にならなくて済むんだ」
「なら、私が今のお前をも好きになればいい!」
「…やめて、くださいヨ」
「ザークシーズ……ザクス」

 好き、だ。
 死刑宣告の如く薄い麻越しに囁かれたそれは先程までの行為よりも更に罪人の思考を揺さぶった。次いで嗚咽に震える華奢な肩に降る、腕。それにより固定され抱き込まれた身体はまたひとつひくりと痙攣した。体液か涙かが隔てるものを濡らしてゆく。

 泣きながら縋った、その膚はどこまでも優しく温かかった。














愚者、咽び泣く
(なんとおろかなひとだろう)





32話後の捏造。
10.02.08

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