レイム、お願いだ、……いかないでくれ。

ただの譫言と流したかった。ただの戯言と知らぬふりをしたかった。彼はただ風邪をひいて、高い熱を出して、うなされているだけなのだ。そして私は儚そうな見た目と裏腹に強靭な身体をもつ彼が熱をだしているということは必ず、それも直ぐに風邪が治る兆候だとは知っていた。知っていたのに、その一言を聞かなかったことにしていることだけは、私にはできなかった。

涙を流しながら彼は私に縋った。君がいなければ、私は、わたしは。レイム。あついんだ、…たすけて、いかないでくれ。
支離滅裂に、へらへらと笑う普段でも、具合が悪いときも、これより高い熱を出したときも全く聞いたことのないような余程女々しい言葉を彼は吐き散らす。さらには涙の落ちるその瞼をも爪で掻こうとするものだからそれをやめさせようと手首を掴んだ。落ち着け、落ち着くんだザークシーズ。一瞬の後に逆に強い力でぎり、と掴まれた私の腕に歯が立てられる。ザークシーズ、ザクス。大丈夫だから。肉が千切られるほどには強くなく、しかしぐいと立てられた犬歯はぐるぐると震えていた。ふるえていたのだ。私はひどくそれに狼狽した。

彼はさみしいのだろうか、こわいのだろうか、泣きたいのだろうか。あんなにも強靭に凶刃をふるい、あんなにも強い色で眼を光らせるのに。揺れに揺れた瞳は私の眼をかちりと固定した。
唇を私の肌につけたまま、彼が演技の抜けきった喉でいくなと囁いた。

「…こわいのか」
「ああ」
「…くるしいか」
「くるしい、レイム」
「、おまえは…」

続く言葉は空中に霧散した。わたしは何を聞こうとしているのだ。わからない、わからない。これ以上なにを暴くというのだ、こんなにも脆い彼の。
なのに私は彼をやさしく引きはがすことすらできなかった。

「きみをすきになってしまって、すまない…」

ず、と私を拘束する腕から力が抜けた。かくりと頭も落ちる。眠ってしまったのか。睫毛にふるえる水滴だけ、いまみた弱さを示していた。

「…おまえは根っからの馬鹿だな」

体勢を整えてやりながらやわく声をかける。いくなと言われずとも傍にいてやろう。助けを求めるまえに気づいてやろう。そう決めたのは私だったのだ、いま唐突に変わる訳がないだろう。おまえの弱さをみたからといって。すまないなどと言われる筋合いもないのだ、私がおまえをすきなのだから。
はく、と彼の名を呼ぼうとした口が空を噛んだ。おまえは、ああ。

「ザークシーズ、」

偽られた名で額の熱にくちづけた。





なきひとにつむぐ
(おまえは弱くもある)
(死んだおまえと同じに)



10.11.17

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