※そこはかとなく事前





ザークシーズの脇腹に私の知らない傷を見つけた。滑らかに白い膚にまがまがしくも美しい刻印と不格好なそれは相反するように歪だった。長くながく脇腹に刻まれるそれに何故今まで気づかなかったのかと怪訝に思う。ひどく深く斬られたのではないかと直感的に感じた。
いつの間にか私は彼を組み敷いて濃紫のシャツを寛げていた手をとめており、じぃ、と傷を見詰めていた。その視線にどうしたのかと下から柔らかく尋ねられる。

「…斬られた、のか」
「ああ、そうですよ…私がいた時代の武器は刀が主流でしたからね」

こともなげに冷静に返した彼は す、と私の首に回していた手を解いて自らの薄い腹の傷をなぞった。同じいろの胴の肌と指先の肌。それに囲まれた傷痕だけがもう塞がって何年も経つはずなのにうすらと赤みをもっている様はどうにも艶めかしくみえる。伏せた眼が懐かしむように細くなった。

「随分と痛かったですよ」
「ほかはないのか」
「これ以外にもまだ有りますけど、もうよく見ないとわからない位ですよ…君も今までこの傷痕にすら気付かなかったでしょう?」

軽く、くすくすと愛が足りないんじゃあないですか笑われて顔が酷く熱くなる。私のことはなんでもしっているような顔をして意外と知らないですよね、きみ。それは挑発なのか。全て、を暴けというのか。いいえそんな意味ではありませんよ、ただ。

「すこしばかり、傷の舐め合いというのを言葉通り実践してみたら魅力的なんじゃあないかな、なんて」

ね。言葉を理解すべく呆けた私の一瞬の隙をついて、がぶり。と首に思い切り歯を立てられた。歪む視界、微かな鉄のにおい。肌を、傷をぬるりと這った舌。ああ傍から見たらさぞや妖艶な笑みを浮かべているのであろうこの男。残念なことに私からは見えないところで彼は熱心に生温く濡れた体温を移していた。

「っ、なにもわざわざ傷をつくることはないだろう」
「舐め合いにならない」
「なら、やらなくても」
「恋人の誘いには乗るものですよ」

ほらきみも。ぐ、と頭を抱えこまれて渋々、生っちろい脇腹と微かに鴇色の傷痕を舌で辿る。くすぐったい。そう満足げに笑ってかれは身を僅かに震わせる。その動作はいけない、無駄に煽られてしまえば私とてなにをするか。と目を逸らすとちゃんと見なさいよと顎を取られる。なんだ、今日は。愉しみたい気分なんですよ。誘ったときも言ったでしょう。

「…レイム」
「なんだ」
「やっぱり気が変わったのでさっき言っていたこと、やっては貰えませんか」
「…言っていたこととは」
「全てを、暴いてほしい」

ねえ、お願いですから。きみに全てをその声は甘く掠れている。柔らかな、純粋に聞こえる旋律は相反してひどく含みを持っていた。伏せた白い睫毛に、瞼に、媚態。婀娜めかしい。いけない、だめだ、理性が呟く。それはそれは小さな声で。己の指先が彼のスラックスを剥いでゆくのが見えた。覗いた白い脚はすらりと青白い。全く不健全にもほどがある。それが示すのは複数個の意味。不健全。
愉悦を示して美しく歪んだ唇に一瞬だけくちづけた。また傷を捜す。滑らかな肌に少しでも、異質な肉がついてはいないか。指が滑る。

「…いい子ですね」

囁かれると同時、引き締まった腿の裏に薄い傷痕をまた見つけた。これを舐めれば、また私にも傷が増えるのだろうか。最期まで思考が到達するまえに、その皮膚と私の唇とが触れ合う。くつくつと頭上で魔女が笑っていた。



bewitch
(呪文をかけて)
(魅惑してやりましょう)


10.08.02
女王様なブレイク
悪い女王はたいてい魔女

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